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あぁ、ユーさん。住民の誘導があるみたいだから、そっちに行ってくるよ。ここで待っていてね。」
「急だな。だが、確かに必要か。頼む。」
「もう行っちゃったよ。あ、私も、あちこち見てきていいかな?」
「アヤさんもか。まぁ良いが、一応モンスター等には注意な。」
大悪魔アンデールを討伐した後、俺たちは迷宮都市に戻ってきた。
今は、街とは思えないほど静まり返っている。まぁ、ボス戦の直前まで闇に覆われていたし、モンスターも活動していたのだ。軽微であっても被害は出ているだろう。そうでなくても、住民は東西に避難しているので、街中はほぼ無人なはずだ。
戦闘は終わったが、まだ元には戻っていない。つまり、これから復興イベントの類があるのだろう。とりあえず、内容的に俺が行ってもどうにもならない、というか既に置いていかれたので、ここで待つとしよう。ログイン制限時間があるので、更新だけしておこう。
「やぁ、薬草のユーさんだね。」
「結局、そっちで行くのな。」
「あぁ、気づいてないかもだけれど、けっこうプレイヤーいるからね。」
そして、ログインをやり直したら、近くにいたようで、参謀のリョーマより声をかけられた。彼は、俺が裁定者であると知っているが、結局、最後まで「薬草の人」で通すつもりらしい。
今回のアンデール戦では、触鑑定をした辺りで、「枷の報い」をOffにしていた。単純に、「真理の枷」を維持した方が得だったからだ。
だが、そこに至るまでの間には、何度か「裁定の枷」は発動したかもしれない。アレ、体の大きさに対応する枷が出てくるらしいから、アンデールの体が巨大であれば、けっこう目立っただろう。
「それにしても君、いろいろ気になる所だね。できれば、イベント後も情報交換させて欲しいよ。」
「それはかまわないぞ。ちなみに、検証班とは付き合いはしているから、そっちからも情報出るかもしれない。」
「了解。ところで、歌唱技能は召喚獣だよね?何か、歌ってもらうことはできないかい?できれば、元気が出るものか、心が安らぐものがいい。」
「住民のためか?」
「街の雰囲気が重いんだ。とりあえず手近な所にいたのが君だったから振ってみた所だよ。もし効果が見込めそうなら、演奏系の人を探そうかな。」
確かに、この状況、俺にできることは無い。となると、ラフィの歌と… 癒しの踊りもやらせてみるか。どうせ、歌っていれば目立つだろうし。
「ん?ユー、これは?」
「ここは、迷宮都市だ。俺たちは戦いに勝って、戻ってきている最中だな。」
「ん。でも、街が寂しい。」
「だな。そこで、ラフィには、この寂しさを和らげるため、歌と踊りをして欲しい。鎮静の歌と、癒しの踊りだ。できるか?」
「いいの?」
「たぶん大丈夫だ。対象はこの街いっぱいに届くくらいの勢いで頼む。」
その後、迷宮都市の中心で、ラフィは舞い踊った。
その歌を聞いたものは、訪れた平和を心に刻み、その踊りを見たものは、失った活力を取り戻していった。
なお、途中から木製の台が用意されたり、歌唱や演奏を持つ人も参加してくれたりして、賑やかになった。
それと、「どこで入手したの?」等と問い合わせも受けたが、「検証班との約束なので言えない」と返しておいた。「人霊の召喚石」については公開される予定だからな。
その後、街の復興はどんどん進んで行き、夕方には前日とほぼ変わらない姿になった。
この世界には能力があり技能がある。建物を治すことは、プレイヤーが考えるよりも容易だ。また、インベントリーもあるため、食べ物等もそこに入れておけば安全だ。
しかし、一つだけ失われたものがあった。それは、プレイヤーが稼ぎ場として活用していたと共に、この街を支えてきたダンジョンだ。
この迷宮都市は、そこに存在してきたダンジョンによって成立していた。ダンジョン産の素材は魔力を豊富に含んでいたため、応用力に優れていたからだ。また、その影響により、迷宮都市の周辺でも、魔力を含む素材が多く収集できていた。
しかし、ダンジョンが失われたことで、その歴史は変わろうとしている。今後、この地域からは緩やかに魔力が失われていくのかもしれない。そうなると、都市を維持することそのものが難しくなるだろう。
一方で、それは定められた運命でもあったのかもしれない。というのは、アンデール討伐後に入手できた古い石碑に、この都市自体が、大悪魔アンデールを討伐するための機関であることが描かれていたからだ。
大悪魔アンデールを封印すると共に、再臨時にその力を減退させるための魔法陣は、この街の4方に規則正しく設置されていた。また都市全体が、一つの魔法陣でもあったようだ。
さらに、大悪魔アンデールが封印されていたのは、ダンジョンの真下だったそうだ。つまり、ダンジョンは封印を維持する装置であると共に、アンデールを討伐し得る人を育てるための場であったのかもしれない。
さすがに、当時の記憶を持った何かに話を聞いたわけではないので、上の推測が正しいかどうかはわからない。ただ、魔法陣の配置や、アンデールがわざわざこの都市を選んだという事実から、納得感は得られやすいだろう。
なお、出土した石碑について、少なくとも「真理」は反応しなかった。虚偽であれば何かしら出てくるはずなので、「石碑自体がでたらめだった」ということは無いと思う。「真理が無いと真実がわからない」のも理不尽だろうし。
翌日、俺たちは自由に過ごした。リーネさんはギルドでお別れなのかお仕事なのかをしに行ったらしい。俺は、ブレイオやラフィを連れて街中を散歩した。
以前、都市内を観光した時と比べると、静かな街になったように感じた。まぁ、あの時には、レイド戦の準備が進んでいたので、今の状態というのが、本来の姿なのかもしれないけれど…
街中では、「始まりの街」並みに、人々の声がしていたし、ブレイオやラフィから、露店がいくつもあることも教えてもらえた。だが、旅人の密度?熱気?のようなものは感じなくなっている。やはり、ダンジョンが消滅した影響なのだろうか…
あと、ダンジョンがあった広場も歩き回ってみた。一面が踏は固められた土で、所々に芝生のように草が群生していた。そして、奥の方に、昨日も触れた例の石碑が立っていた。
なお、アヤは、山エリアや地下道エリアのスケッチに飛び出していった。話によると、モンスターの気配が薄くなっているため安全であるらしい。ただ、より奥のエリアに引っ込んだだけなようなので、時間が経つと戻ってくるのかもしれない。
「ユー様、リーネ様、どうもありがとうございました。」
「アハハ、私に様なんて付けないでよ。それよりも、これからの運営、しっかりがんばってね。」
「例は受け取っておく。じゃ、俺たちは旅立つな。」
あと1時間でイベント終了… という辺りで、リーネさんと合流したら、ギルド職員から挨拶をされた。結局、イベント期間の後半6日間は、ずっとこっちに入り浸ったのか。
その後、リーネさんに「行きたい所がある」ということで、引っ張られて歩いて行った。
「着いた着いた。ユーさん、ここ覚えてるかな?って、そんなわけないか。」
「引っ張られるがままだったからな。ここはどこだ?何かあるのか?」
「ここは、ただの道端だよ。でも、私たちが転移してきた場所なんだ。まぁ、それ以上の意味は無いんだけどね。」
「新たな始まりの場所… といった所か。リーネさんは、そういうのが好みなのか?」
「それかっこいいね。まさにそんな感じだよ。」
このイベントの名称は「新たな始まりを告げる塔の謎」だ。その点では、今、口から出た言葉には、重みがあるように感じる。
この都市も、ダンジョンが無くなったため、新しい名を得るそうだ。そういえば、その名を聞いていなかったな。
「ところで、リーネさんは、この都市の新しい名前を聞いているか?」
「あぁ、名前ね。今朝決まったそうだよ。アインステーフ。この大陸に伝わっている古い言葉で、 始まりの街 という意味だって。」
「トネブダと似たような感じか。となると、ここも、始まりの街なんだな。」
そこまで話した時、鐘の音が聞こえた。この鐘は、昨日、この都市に新たに取り付けられたものであり、本日14時に鳴らされることが告知されていた。
そして、このイベントの終わりを告げる音でもあった。音を聞いていると、「ようやく終わった」と、「もっといろいろやりたかった」という複雑な感想が湧いてくる。それはきっと、初日からイベントに参加していたとしても、同じ感想になっただろう。
しばらく鐘の音を聞いていると、それは徐々に水中の中で聞こえるような、歪んだ感じの音へと変わっていった…
「公式イベント 新たな始まりを告げる塔の謎 が終了しました。」
サーバー報酬 (全参加者に授与)
超巨大ボス討伐成功: 賞金20万P
迷宮都市の謎の完全解明: 不思議な種 2個
死傷住民が一定数以下: アイテム強化の宝珠 2個
都市の再生に成功: 称号「新たな始まりを刻む者」 (転移先「新たな歴史を刻む街 アインステーフ」追加)
個人報酬:
イベント期間中ログイン: イベントコイン 15枚
確実依頼の達成: イベントコイン 15枚
一定数の依頼を達成: イベントコイン 10枚
大悪魔の眷属の討伐に成功: イベントコイン 10枚
エクストラボス「アンデールの僕」の討伐に成功: *選択して下さい。
大集団戦 貢献度上位入賞: イベントコイン 10枚
超巨大ボス戦 貢献度上位入賞: イベントコイン 10枚