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「雪原の迎都 キースノーズ に入りました。」
「わぁ、雪があちこち積もってるけど、立派な街だね!」
「あぁ。雪原の中に、よくこんなの作ったよな。」
「雪原の迎都 キースノーズ」は、この雪原地帯の中心部にある街である。同時に、北にある第6マップへ挑む冒険者たちが準備を整える拠点でもある。
また、今回行きたい場所である「雪の温泉宿」があるため、観光スポットとしても注目されている街だ。
なお、街の外周は、高い石壁で囲まれているらしい。雪原の中にあるため、吹雪や、外からのモンスターの侵入を防ぐ用途だそうだ。
そんな中、俺たちが最初に向かった場所は、もちろん冒険者ギルドである。ナビーのアップデートは優先すべき事項だからだ。あと方便ではあるが、「温泉宿の場所はギルドで確認できる」とか、「昼食をギルドで取れる」こともある。
キースノーズの道は、石のタイルが敷き詰められた感じの道だった。ただ、端っこの方には雪があるようなので、いわゆる「人や車が通る所の雪をかき分けた」のだろう。
「キースノーズ 冒険者ギルドに到着しました。入口は閉まっています。こっちです。」
程なくして冒険者ギルドに到着。冒険者ギルドの入口は、ホムクと同じ取っ手付きの金属二重扉だった。
俺たちは中へ入り、遅めの昼食を取ることにした。
「ユーさん、そいつは、パンとシチューか?」
「パン大盛&シチューセットだな。まぁ満腹度は若干溢れるが、久しぶりに食べたくなったんだ。」
「あ、それ、ユーさんと初めて会った時に食べていたやつ。」
「正確には2回目な。あと、食堂で待っていた時にアヤさんがこっちに来たから、 出会った というより 見つけた だと思うぞ。」
俺が選んだのは、「パン大盛&シチューセット」。アヤと食堂で出会った時もそうだったが、もっと前、このゲームを始めてから最初に食べた料理でもある。
最近は、満腹度がそこまで減らなかったこともあり、あえて選ぶことが無かった。だが、現在、雪原の街にいることも含め、この大旅行の最後には相応しいような気がした。
なお、各地の食堂に同じメニューはあるが、入っている具や味付け、触感などは街によって違うようだ。調理師の腕前や、使用する食材、調味料の違いなのだろう。
それと、ブレイオには味付け焼き肉、ラフィにはパンケーキとスープを与えている。今わかっている限りの好物だ。
「わ、甘い!柔らかい!」
「良い肉だ。美味い。だが主人、我らだけ特別な物で良いのか?」
「問題無いぞ。その意味で言うと、今俺が食べている物も、特別な意味のある食べ物だからな。」
「そうであったか。それも美味そうだ。」
「メイレン。どう?美味しい?」
「うん。野菜が新鮮でおいしい!」
アヤとメイレンは、パンケーキ、シチュー、野菜サラダを食べていた。また、ルーカスとリーネさんは、肉と魚の鉄板焼きを食べていた。
「それで、ユーさん。この後は温泉だよね?」
「だな。ただ、悪いが今回は個人湯でゆっくりさせて欲しい。みんなはそれで良いか?」
「うん、いいよ。メイレンと一緒にゆっくり入りたいし。」
「私もかまわないよ。飽きたら共同浴場に入ろうかな。」
「俺は共同浴場に行くぜ。」
食後は、図書室にて地図の確認… という名のナビーアップデートを済ませ、俺たちは温泉宿へ向かった。
温泉宿の入口は、冒険者ギルドと同じく、金属性の二重扉になっていた。さすが雪の宿である。
個人湯の浴室エリアは、やはり他の温泉宿と同じだった。ただ、ブレイオとラフィの召喚が可能だからなのか、少し広くすることができた。
結果、浴槽は、4メートル×3メートルくらいに広がった。また、洗い場も、3人くらいが同時に利用できるくらいに広がった。
「ユー。洗って?」
「ん?いいのか?」
「ん。泡、付けてもらった方がふわふわする。」
「主人。我も良いか?」
「よし。ついでだからおくたんも洗うか。」
「あ!ユー、私、おくたん洗いたい!」
そして、浴室にて盛大な洗いっこが勃発した。
俺も、ラフィとブレイオから洗われた。あと、おくたんは泡まみれになっては水で洗い流されることを繰り返していた。ただ、先日搭載した「スノーダイバー」のおかげで、泡まみれになっても床をちゃんと移動することができていた。
「風に水と炎を複合、そんでもって送風だ!」
「わ、お湯が吹いてきた!」
今使用したのは、まとめウィキでは「お湯ジェット」と呼ばれている手段だ。風属性の魔法「送風」に、水と炎属性を複合すると、熱した水蒸気、つまりお湯を吹かせることが可能である。
本当は、氷属性の「霧隠」に水と炎を複合させることで、シャワー並みの霧を散布させることが可能だ。ただ、「霧隠」は幻影系に分類されているため、「真理」を持つ俺は使用不能である。
そうして遊んだ後は、外の露天エリアを探索した。
露天エリアは、雪に覆われており、中心部に温泉があった。空間の端から端までは7メートルくらいあり、浴槽はゴツゴツとした岩で組まれた直径3メートルくらいの円形だった。なお、露天エリア全体は透明な氷の壁で覆われており、雪原の風景が見えるらしい。
そんな場所だからなのか、ヒッツやソルットの温泉の露天にあったサウナ要素は無かった。なので、寒さを感じた俺とブレイオは、一通りの探索を終えると、すぐに中央の湯に浸かることにした。なお、ラフィも追いかけるように一緒に浸かってきた。
「ふぅ、良い湯だ。」
「うむ。この寒さは我でも応えるぞ。」
「ユー、ブレイオ、うらやましい。私、寒さ、感じない。」
「あぁ、ラフィ。ちょっと違うぞ。耐性云々ではなく、外は冷えていると思うだろう?そして、お湯は温かいと思うだろう?そのギャップが良いんだ。」
「それならわかる。外は冷たい。お湯は温かい。」
これは、いわゆる風流というヤツなので、耐性云々でなくても、楽しめるはずである。
「外の景色とやらはどうなんだ?」
「ん?雪と山が見える。ここ、街の中なのに、変?」
「うむ。雪が積もり、真っ白だ。この辺りは、白い場所が多い。」
「雪はやっぱり白いんだな。だが、多いということは、白くない所があるのか?」
「木、生きてる。葉っぱ無いけど、雪が葉っぱみたいになってる。」
「真っ白」と言うが、白以外に色が付いている物は見えているらしい。陰になっている部分は違うのだろうし、そうでなくても「白」にもいろいろな種類があることは知っている。きっと、完全に真っ白だったら、物の輪郭なんかも含めて、何も見えなくなるのだろう。
「ところで、主人。これからどうするのだ?」
「アヤたちとはいったんお別れだな。これまでのように、毎日一緒に遊ぶことはできなくなるかもしれない。」
「ん?みんなと冒険、できなくなるの?少し寂しい。」
「まぁな。だが、別れがあれば、新しい出会いもある。今日のルーカスみたいにな。ブレイオとラフィは初めてだったはずだ。」
「ルーカス殿か。ユーの友人だったな。心地よかった。」
今後は、現実での生活を送りつつ、このゲームを楽しんでいくことになる。まとまった休みが取れた時には、しっかり遊びたいが、4月のゲーム三昧みたいなことは難しいだろう。
俺はゲーマーだから知っている。過去には、「職場で寝て、家でゲームする」に近い生活を送ったことがあった。だが、やり過ぎて鬱っぽくなった経験がある。そして、少なくとも今の年齢では、肉体が保たないだろう。
「まぁでも、永遠の別れにはならないと思うぞ。みんな、これからも一緒に旅したいって思っているに違いないからな。」
「一緒に旅?」
「もちろんだ。まだまだ、行けていない場所、やれていない事がいっぱいあるからな。ブレイオ、ラフィ。これからも付き合ってくれるか?」
「無論だ。楽しみが尽きぬなら、我は満たされる。」
「ん。これからも一緒。楽しいから。」
そんな会話をした後、俺たちは湯から出た。もうすぐログアウトの時間だ。
「ユーさん、これまでありがとう。」
「だな。まぁ、これからは隙間時間でインして遊ぶ予定だから、どこかで出会うことはあるだろうけどな。」
「そうだよね。もし、時間が会ったら、また一緒に遊ぼうよ。」
「もちろんだ。フレンドリストでログイン状況はわかるみたいだしな。」
「ユーさん、いろいろありがとよ。短い旅だったが、楽しかったぜ。」
「ルーカスは、この後はノズトールを目指すのか?」
「まだ決めてねぇな。しばらくは、この街で活動になるだろうけど。」
「そうだな。もし、また会うことがあれば、一緒に楽しもう。」
「おぅ。ユーさんならいつでも歓迎だ。」
「ユーさんって、これからは4日とかに一度とか来る感じなのかな?」
「できればそんな感じにしたいな。下手したら、月の終わりなんかにまとめて… というのになるかもしれないけれど。」
「じゃ、今度会った時は、強くなったお姉さんが、ユーさんをまだ見ぬ… いや、まだ触れぬ地へ連れて行ってあげよう。それとも、ボッコボコにしちゃおうかな?」
「その二択っておかしいと思うぞ。だが、俺もまだまだ修行だな。差が開くのは仕方ないが、行きたい所に行く強さは必要だ。」
アヤ、ルーカス、リーネさんともいったんお別れだ。
「皆。ここまでついて来てくれて、助かった。またな。」
その言葉を最後に、俺はログアウトした。
ログアウトして最初に感じたのは、蒸し暑さだった。雪原から日本の5月の昼間に戻ってきたのだ。良くも悪くも、現実に戻ってきたという感覚になる。
明日からは仕事に復帰する。次のゲーム三昧は夏… だと良いな。いや、有休は使うためのものなのだから、堂々と抑えてしまおう。
結局、今回の大旅行では行けなかった所がいくつもあった。特に、砂漠や、峡谷でのクライミング辺りはやってみたいと思っていたので残念だ。
まぁ、サービスは1年続くのだ。これから遊んで行けば良いだろう。
そうだ。知人たちに、アドベントファンタジアを広めよう。このゲームならちゃんと楽しめるので、ゲームに植えているアイツらなら食いつくに違いない。
考えをまとめた後、俺は出しっぱなしだったゲームを片付けた。そして、何か飲むために冷蔵庫へと向かった。
~盲人ゲーマーのMMO旅行記~ 完