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「ユーさん、こんばんわ。」
近くから、そんな声がした気がした。ナビーの幻聴だろうか?
「あの、ユーさん?」
隣に来て肩をたたかれた。ナビーではなかった。
「えっと、あんたは、アヤさんだったか?」
「そうそう。無視しないでよ。」
「それは悪かったな。ナビーの声かと思ってな。」
「だからわざと返事しなかったんだ。アレ?話しかけてきた人とか、ナビーは教えてくれないんだっけ?」
「そういうのは無理らしいぞ。人探しは人間の領分なのだそうだ。」
「ふ~ん、あ、隣空いてるから座っていいかな?」
「一人で飯を待っているだけだからかまわないが、アヤさんも夕食か?」
「あ、そうそう。注文して来る。」
この人も夕食らしい。この感じだと、話相手にさせられそうだ。まぁ良いだろう。
「お待たせ。これ、お水。」
「お水?」
「空っぽだったよ?」
「あぁ、そういうことか。感謝する。」
どうやら、コップが空なのを見かけたので持ってきてくれたようだ。
「昨日は、あの後ゴブリン狩に行ったんだよね?どうだった?」
「昨日と今日とで、30000pを超える稼ぎになった。レベルも上がった。だから、明日も狩る予定だぞ。」
「え、そんなに!すごいなぁ。私も狩に出たけれど、街の近くだけだったから、そんなには稼げなかったよ。」
「なるほどな。俺はもう少し南に下ったぞ。15分くらいで3匹前後のゴブリンが群れて来たから、ゴブリンキラーが活躍した。」
「ゴブリンの群れにソロで挑めるの?それって装備?けっこうガッチガチに固めているみたいだし。」
「俺はガッチガチに固める派だぞ。回避系の技能も才能が無いから、防御と自己回復だな。」
「えぇと、ユーさんって… 下級武僧?」
この人、鑑定してきたぞ。通知も出たな。
通知を全て有効にしていたため、鑑定された時に通知が来るようになっていた。この機会だから、鑑定の設定を調整しておこう。
- 通常鑑定で開示する情報:
- 名前, 種族, 職業, 性別, レベル, HP
- 通常鑑定に対する通知:
- なし
- 詳細鑑定に対する通知
- あり
「通常鑑定」とは、普通に「鑑定」系技能で鑑定することだ。この時に開示する情報は切り替え可能だが、テンプレとされているものは上記の6項目だ。なお、「名前」、「種族」、「レベル」、「HP」はOffにできない。
一方の「詳細鑑定」とは、「看破」や「識別」技能を所持していると選択できる鑑定方法だ。相手のステータスや属性、耐性なども含め、通常は開示されない情報を調べることができる。なお、開示される情報の性質から、無許可での詳細鑑定は敵対行為として解釈されることが多い。
「あれ?どうしたの?」
「鑑定された通知があったので、鑑定の設定を見直ししていた所だな。」
「あ、もしかして、私の鑑定?ごめんなさい。」
「きっかけはあんただな。まぁ、俺も鑑定の通知をOnにしていたせいでもあるけれど。」
「そっか。あ、お詫びというと変だけど、私も鑑定していいよ。」
「そうか。他の人の事情も気にはなっていたから助かるな。ただ、俺が持つのは、手などで触れた物を鑑定する技能だ。悪いが、手を貸してくれるか?」
「触って鑑定する技能ってこと?そういうのあるんだ。はい、手。」
その後、俺の手の上に何か乗った。自身の手を乗せて来たのだろう。なので、触鑑定する。
名前: アヤ
種族: ヒューマン
職業: 印術師
称号: 異界の旅人
レベル: 8
HP: 73%
状態: なし
説明: 冒険者の女性。
印術とは、描いた印から魔法を発動する能力だ。生物を召喚したりもできる。事前の準備が必要だが、持続性がある、大量発動、遠隔発動などの強みがある。
今回のゴブリン祭りの場合だと、 魔法陣や召喚生物を描いた紙を用意 → フィールドで解放 → 一通り終わったら退散 というのが王道だろう。印を描くのに時間かかるし、技能を生かすなら魔力,精神,知性特化の魔法使いビルドになるので、接近戦NGだ。
「あ、鑑定通知来た。初めてだよ。」
「俺も初めてだったな。それにしても印術師か…」
「うん。私、絵を描くのが好きなんだ。それで、動画で見た凄い印術師を見て、私もやってみたい、って思ったんだ。」
「動画だと大集団の殲滅やボスの一撃討伐が話題だったと思うが、そういうのがやりたいのか?」
「う~ん。確かにそういうのも凄かったよ。でも、どっちかと言うと、旅を楽しむ方がいいかな。いろんな絵を描いてみたいんだ。」
「なるほどな。印術は、絵を描くセンスも大事だからな。」
「そう。オートでも描けるけれど、消費が増えたり時間がかかったりするみたい。だから、今はだいたい自分で描いてるんだよ。」
印術で用いる印は、地面や紙などに描く必要がある。コスパは低下するがオートでも描けるので、絵心が無いプレイヤーでも、その辺りを割り切って使うことができる。
この技能の優秀な点の一つは、印とMPを用意できれば、同時に大量発動が可能なことだ。つまり、魔導士や召喚士もびっくりの超多段魔法や大群償還が可能になる。準備に時間と費用がかかるため晩成系の技能であることや、個々の印に対しあまり融通が利かないなどの欠点はあるが、ボスやモンスターの大集団を飲み込む動画は盛り上がっていたようだ。
それとは別に、彼女は、世界中の絵、印などを描きたいのだろう。ある種、俺と同じ旅行目的のプレイヤーと言える。
「あ、そうだ。昨日はありがとうね。私もあの後、ギルドの図書室や、お店に行ったんだ。いろいろ勉強になったよ。」
「そうか。図書室の内容は、街や村で違うみたいだから、見た目が同じでも行ってみるといいぞ。」
「そうする。それにしても、ユーさんって物知りだね。」
「情報収集は大事だからな。遊ぶと決めてから3ヶ月ほど、動画やウィキで調べまくったんだ。」
「えぇ~!あれを?ウィキは、文字や数字が多すぎて頭痛くなりそうだったからやめちゃったんだ。」
「まぁ、アレの理解には俺も苦しんだよ。あそこは、ゲームをやり込むプレイヤーが情報を整理したり、効率プレイのために参照したりするためのサイトであって、ゲームの遊び方を勉強するためのサイトじゃないからな。」
「そっか。考えてみたら、まとめウィキってそんなんだったね。」
「ウィキ違いだな。全く知らない人向けの辞書サイトもあって、そっちもウィキと呼ばれている。そっちがウィキの元祖だったはずだし、世界中からアクセスされて知名度抜群だから、勘違いが起こるのは仕方ないと思うぞ。」
「あぁ、なるほどね~。」
「さっきの物知りの話に戻すが、ウィキが苦手なら、現地での情報収集が鉄板だ。住民に話を聞いたり、図書室で本を読んだりすればいいだろう。」
「うん。本を読むことは大事だとわかったから、今後そうする。印術で使える絵なんかもいくつか載っていたんだ。」
印術で使える印を開放するためには、蔵書を読んだり、住民に伝わるものを聞き出したり、遺跡、ダンジョン等で見たりすることが必要だ。
もちろん、まとめウィキには、現在発見されている全ての印の内容と、その在り所が掲載されている。しかし、解放条件を満たしていない印は、完全に模写しても発動できないのだ。
なお、まとめウィキには、「効率的な印の集め方」というチャートが掲載されている。このチャートに沿うと、特殊な条件があるものも含め、判明している全ての印を最短効率で取得可能だ。ただし、「作業」の途中で心が折れたり、達成した後に空虚感を感じたりすることがあるので注意が必要だ。
「ところで、ユーさん。明日も狩に出るなら、一緒に行動しようよ?」
話が一段落付いたと思ったら、予想していた質問が来た。
「俺とか?なぜだ?」
「一番は興味かな。ユーさんが、どんな戦い方をしているのかな?って。」
「興味ね。」
「あとは、一緒だとたくさん倒せるかな?って。ちょうど同じタイミングに村にいて、同じようにゴブリン狩をしているなら、レベル帯も同じくらいでしょう?」
「他に同じように狩りしているプレイヤーもいると思うが、そいつらとは組まないのか?」
「あぁ、いるよ。でも、ちょっと近寄りずらいかな。既にパーティ組んでいるみたいだし。」
「ソロ同士で引き合った、といった所か…」
「で、どうかな?」
効率やリスクの面で考えると、この相談は乗るべきではない。仮に、彼女が俺より格上の強さを持っていたとしてもだ。
ただ、ソロ狩では得難い経験や、ゲームを楽しむという意味で考えるなら、遅かれ早かれ挑むべきだろう。そして挑むなら、失うものの少ない序盤の方が良い。
「パーティか。ダメとは言わないぞ。ただ、俺の戦闘スタイルはソロ特価なんだ。だから、けっこう危険だと思うぞ。」
これは本当だ。原因は「正々堂々」の利点が減退してしまうからだ。
彼女とパーティを組んだ場合、以下に挙げる2つの問題が起こりえる。
- 彼女がセオリー通りの紙耐久魔法使いだとすると、俺が盾役に徹するのがあるべき姿だ。だが、俺は挑発系技能を持っていない。相手の位置を知る原因になるからだ。
- 彼女が声をあげたことが原因で、相互の位置がばれてしまう場合がある。例えば、「前からゴブリンが2匹来てるよ!」や「ユーさん!後ろ!」といった会話は絶対NGだ。
一方で、お互いにソロプレイヤーとして干渉することなく動くのであれば、利点はあるだろう。
例えば、彼女に敏捷があり、モンスターをトレイン、黙って俺に擦り付けるのであれば、技能を殺すことなく数を稼ぐことができる。以前、農家のおっちゃんがゴブリンをトレインしてきたのと同じだ。
また、印術師の戦い方にはトラッパースタイルがある。地面に設置した印を遠隔発動させることで、モンスターを安全圏から攻撃できる。このスタイルなら、印に攻撃されているモンスターを把握して掴みに行くなどの行動が可能だろう。また俺自身もほとんど動かない戦闘スタイルなので、モンスターをひっかきまわして、彼女の潜伏を邪魔する可能性も低いだろう。
ということで、条件を提示してみるとしよう。
「そうだな。俺と組むなら、3つ守ってもらうことがある。」
「え?3つも?」
「まず1つめだが、俺には挑発技能が無いから、モンスターを引き付けることはできないぞ。だから、あんたが狙われた場合は自分で対処する必要があることだ。」
「そうなんだ。」
「2つめは、俺がモンスターと戦っている時には、俺に対して絶対に声をかけないで欲しいことだ。たとえ、後ろから首に刃を突き立てられようとしてもだ。」
「うん。それで、最後の1つは?」
「あぁ、最後の1つは、お互いが元ソロプレイヤーなので、事故死しても恨みっこなし、だな。」
「う~ん。えぇと… つまり、パーティは良いけれど、基本的に戦闘中はお互いに干渉しない、みたいな感じかな?」
「そんな感じだな。少なくとも、ソロプレイヤー同士なんだから、お互いのスタイルがわかるまでは、そうするのが良いだろう。」
「わかった。途中の首のとか、ちょっとわかんなかったけれど、実際に見た方が早そうだし。」
ということで、明日のゴブリン祭りはパーティプレイになった。