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「ユー様ですね。お帰りなさいませ。」
「ん?お出迎えか?」
「はい。ルーカス様より言付かっております。」
「そうか。それならさっそくで悪いが、入浴に行くから、ルーカスを呼んできてもらえるか?」
「かしこまりました。」
ダンジョン踏破を成し遂げた次の日の夕方 18時頃…
俺とルーカスは例の温泉宿で宿泊することにした。
ただし、俺が宿にやってきたのはついさっきだ。今日は宿で寝ようと考えているので、ログアウトを挟むことで、ログイン制限時間を解決した形だ。
「おぉ、ユーさん。ついに来たんだな!」
「だな。じゃ、共同浴場へ行こうか。」
そして、ルーカスに連れて行かれる形で共同浴場へ入った。
共同浴場の内部構造については、一通り話を聞いてある。それによると、以下の通りであるらしい。
- 個人浴場と同じく、脱衣所、浴室、露天の3つに分かれている。
- 3つのエリアは、面積が広くなっている意外には個人浴場との違いはあまり無い。床の素材、設置されている設備も同じ。
- 脱衣所は、現実の温泉センターで見られるロッカーや洗面所の設置された空間。なお、ロッカーを使う人は少ない。
- 浴室は、個人浴場を広くしただけ。右側に洗い場、左側に浴槽がある。
- 露天は、中央部に浴槽があり、それを囲むように等間隔で6つのテーブル席が配置されている。露天の外側は木の柵で囲まれており、ヒッツの木が見えるらしい。
俺たちは脱衣所に突入。
脱衣所は、現実の温泉センターなどで見られる、湿気た木の匂いのする空間だった。床も、浴室の手前には水切りのマットが敷かれているようだが、それ以外は木の床だった。
「ルーカスは、風呂に入ったらどうする?俺は体を洗ってから浴室で温まる、その後露天に行く予定だぞ。」
「そうか。俺は、洗ったら露店にしようかな。」
二人の行動指針を先に確認しておく。こうしないと、広い風呂の中で合流するのが難しくなるからだ。最終的に露店に行くことが決定していてもである。
俺たちは、装備、衣服類を全てインベントリーに収納し、浴室へ突入した。とりあえず、水着は無しで入ろうと思う。
浴室内は… 音の反響を聞く限り、10メートルくらいだろうか?
俺は壁沿いに歩き、洗い場へ向かった。湯をかける音や体を擦る音が聞こえていないので、洗い場は空いていそうだ。
そう思っていたら、石やお風呂セットではない何かに足が当たった。ちょっと弾力があるということは…
「あん?どうした、旦那?」
「おっと、すまんな。」
人だった。こんな所で静かに座らないでいただきたい。湯冷めするぞ?
「そうかい。洗い場なら隣が空いてるぜ?」
「お、助かる。」
「あぁ、大丈夫。風呂だから、よく見えないことくらいあるさ。」
確か、現実での浴室は、湯気が充満していたり、湿度が高いため目に水が染みたりするなどの理由で、視界が悪い場合があるのだったか… あと、明るいわけでもないという話も聞いたことがある。この浴場も、似たような状況だろうか?
そんなことを思いながら、教えてくれた隣の洗い場とやらに近づいた。すると、使われていない木椅子を発見。俺は腰かけて洗い始めた。
おくたんは… 今は出さないでおこう。視界が悪いということは、足元も見えずらいのだろう。そんな人が床にぺちゃっとなったおくたんを踏んづけたら大変だ。人はバナナでも滑るらしいからな。
その後は、思考入力したナビーの先導に従い浴槽へ直進した。
幸い、俺が向かった所には人がいなかった。そのまま湯に浸かり、体を温めた。
湯に浸かりながら、今後のことを考える。
明日… かどうかはわからないが、この後はルーカスとイスタールへ向かう。そして、錬金術店にて転移ゲート解放アイテムを作る… 辺りでクエスト終了か。
そして、E2のフィールドボスは… 確か突進系の獣だったな。動画を聴取した通りなら、突進時に鳴き声を挙げていたと思うので、俺でも避けるか適切に受け流す必要があるだろう。ボス亀と違い攻撃は通るが特効は無かったので、レベル差はともかく、わりと順当なボス戦になりそうだ。
その後は、イスタールの散策、周辺の散策を行なおう。
E3のフィールドボスは植物、というか茸だったな。近接なら眠り対策が必須だったはずなので、それが準備できるかどうかで、ソロ狩が適うかが決まるだろう。
うん。考え事をしていたら程よく体が温まったな。では、露店へ向かうとしよう。
俺は、ナビーの先導に従い、露店エリアへ向かった。
共同浴場の露店エリアは、開放感があるように感じた。湯冷めするような寒さは感じないが、サウナのようなじめっとした感覚も無い。相変わらずの不思議空間だな。
「お、ユーさん。こっちこっち!」
ルーカスが呼んでいるようなので向かうと、椅子があった。こいつは、もう一杯やっているのだろうか?
「待たせたな。もう飲んでいたのか?」
「いんや。ユーさんが来るまで浸かってたぜ。」
では、祝杯としよう。俺は、冷却コップと共に、ソルットで買ってきた飲み物を取り出した。
「あれ?ユーさん、なんだ、こいつは?」
「ん?あぁ、知らなかったか?ソルットで手に入れた冷え冷え炭酸ジュースだぞ。前進に染み渡る美味さだと有名だ。」
「え?俺、てっきり酒だと…」
「あぁ、酒が良かったか?そっちもあるが、知り合いの料理人いわく、染み渡る美味さがたまらないらしいぞ。」
「そ そうか。その冷え冷え何とかも気になるな。ユーさんが押すんだ、一緒に飲んでみるぜ!」
そう。俺が取り出したのは酒ではなく、炭酸ジュースだ。料理プレイヤーの餃子饅へ相談した所、最初に飲むことを勧められた。なお量産品らしいが、上級料理人の腕なので10段階中7という高めの品質だった。
「では、ルーカスのダンジョン踏破を祝してカンパイだ!」
「おぅ、カンパイだ!」
さっそく炭酸ジュースを流し込む。試飲した時にも感じていたが、冷たい物が、じわっと体を包んでいくような感覚だった。さすが炭酸だ…
「う うめぇぇぇ!なんだこいつは、キンキンに冷えて染み渡るじゃねぇかっ!」
「そうだな。こいつはとても冷たいし、泡が体に沁み込むようだ。俺も、試飲した時に驚いたぞ。」
どうやらルーカスのお気に召したようだ。そして、こんな奇声を挙げれば人が釣れるのである。
「おいっ、そこのおっちゃんよ。何飲んでんだ?」
「そうだぜ。俺たちにもちと分けてくれよっ!」
「興味ありますっ!僕もお願いしますっ!」
「おぅ。かまわないぞ。カップもあるからな。」
俺たちは、寄って来た男たちにも冷え冷え炭酸ジュースを振舞ってやった。その感想は…
「ぬおぉぉぉぉっ!なんだ、この冷たい果実は!」
「露天での酒こそ最強だと思っていたが、こんな楽しみ方もあったのかぁ~っ!」
「氷じゃないよね?なんでこんなに冷たいんだい?」
餃子饅いわく、現実ならともかく、この世界で飲むならこれがベストだそうだ。理由は以下の通りらしい。
- 酒ではないので、酔いが回らない
- 炭酸に体を冷やす作用があるため、温かく安定したこの状況に刺さりやすい
- お酒よりも安価、且つ大量に作成できる
- 僅かだが、お酒よりも満腹度の回復値が少ない。過食系称号や技能を避けたい場合に有効。
- ゲーム内ではプレイヤー、住民含め、炭酸ジュースの欠点である糖質や急速冷却のリスクが無いらしい。昔はあったそうだが、不評だったため緩和されたとのこと。
そんなジュースを肴に、楽しく冒険者談話だ。
「ほぉ、植物と爬虫類の坑道か。なかなかやるじゃねぇか。」
「しかも、モンスターハウスも出たのか?普通、あぁいう所って、5人くらいで挑むものだろ?」
「あぁ、そいつは師匠のおかげなんだぜ。俺一人だったら、無理だったさ。」
「ユーさんは、ソルットに行ったことがあるそうですね。僕も挑んだことがあるのですが、入り口の亀が倒せなくて断念したんですよ。」
「あぁ、ストロングハードタートルか?確かに、アレは対策が無いと厳しいな。」
この3人は、この辺りで活動している冒険者パーティらしい。話によると、イスタールには行けるようなので、ボス亀が超えられないのは相性の問題だろう。
「なぁ、ユーさんだったか。あんた、この後、ソルット攻略を手伝っちゃくれねぇか?港町は行ってみたいんだぜ。」
「今はルーカスをイスタールまで送り届けるのが依頼なんだ。その後になってしまうな。」
「そっか。そういう依頼じゃ仕方ねぇよな。ルーカスさんは恵まれてるねぇ。」
「そりゃもちろん。こんな師匠に出会えたのはキセキだと思ってるぜ。」
「ルーカス。俺にも理のあることだから、持ち上げなくても良いぞ。まぁ、ルーカスと出会ったのは偶然だったから、キセキというのは間違っていないだろうけどな。」
というわけで、ボス亀の弱点と、港町へ続く野道での注意点を教えておいた。
「そうだったんですね。ウチのパーティでは彼が魔法担当ですが、木属性魔法はまだだったと思います。」
「そうなんだよな。だが、森の木に触れていれば良かったはずだよな。明日から修行してみっか。」
「あとは野道か。鳥が突っ込んでくるのと、スライム注意だったか。スライムは、デカいのか?」
「ビッグではないが、グリーンスライムと違って体を飲み込んでくるぞ。」
「あと、ヌーンアウルでしたか?要注意ですね。見ていると幻惑をかけてくるなら、歩いているだけでも目に留まってしまう可能性があるでしょう?」
「正面から長時間見ているとアウトだな。とりあえずソルットに行くのが目的なら、視線を下げて道をまっすぐ行けば、ラッシュバードの処理だけで済むぞ。アイツらは木の上にいるから、巨人でなければ回避はできるだろう。」
「ラッシュバード、後ろからの突撃がネックなら、僕が後ろに立ちますよ。大盾を背負えば大丈夫でしょうか?」
「あんたタンクか?残念ながら、それでは不十分だ。ラッシュバードは後方じゃなく上空から来るので、仲間への被弾を防ぐなら結界で囲む必要がある。それが無いなら、索敵からの挑発だな。」
「ユーさん、あんた詳しいな。異人の冒険者だからか?」
「そうだな。俺にも先輩がたくさんいて、その先人の知恵を聞かされてきたからな。それに、その辺に沸いてくる鳥やスライムの餌にはなりたくないだろう?」
「ハハハ、違いねぇ!ユーさん、ありがとよ。これで俺らも餌にならずに済むってもんだ。その前に、あの亀に一泡吹かせてやらないとな!」
こうして、冒険者たちとの会話は過ぎていった。