本文
「あれ?そこにいるの、もしかしてユーさん?」
「ん?あんたは… アヤさんか?」
「やっぱりだ。こっち来てたんだね。」
以前、S2のゴブリン祭りで共闘した、限りなく画家ビルドをしている印術師のアヤだった。北から帰ってきたのだろう。
「あぁ。S3の港町までは行ったので、東に来てみようと思ってな。」
「そうだったんだ。あ、もしかして、この街は来たばかりかな?なら、案内するよ?」
そういえば、まだギルドの図書室に行っていなかった。ナビーのために、まずはそこへ行くべきか…
「案内か。俺はこれから図書室に行く予定だったんだ。だからギルドだな。」
「図書室?図書館じゃなくて?」
「図書室だな。ん?もしかして、イスタールって図書館あったか?」
「あるよ。と言っても、私も昨日知ったから、通おうと思っている所だけどね。」
なんということだ…
言われて思い出したが、この街には始まりの街と同じように、5大ジャンルの本が所蔵された図書館があった。もちろん、ここで言う5大ジャンルとは、「世界知識」技能の習得条件に該当する本ということだ。
もし、彼女が本を読むなら、便乗させてもらうことはできるかもしれない。図書館内に消音魔道具があっても、プレイヤーである彼女なら思考入力ができるので、俺に本を共有することが可能なのだ。
「なぁ、相談毎があるんだが、良いか?」
「ん?相談?」
「いくつか読みたい本があるのだが、読むことができなくてな。もし、読書で通うなら、便乗させて欲しいんだ。」
「え?あぁ、そっか。本、見えないと読めないんだよね?それくらいならいいけど…」
よしっ!これで世界知識ゲットだ。本命はその先だけど。
「助かる。ただ、ギルドの図書室には入っておく必要があるんで、まずはそっちな。」
「そうなんだ。とりあえず行こっか。」
そして、俺たちはギルドへ移動、図書室に入った。
とりあえず、ナビーはアップデートしておこう。
「あ、ところでユーさん。私からも一つ相談いいかな?」
「ん?何だ?」
「実は、ダンジョンに行きたいんだけど、うまくいかなくて困ってるんだ。助けてよ?」
まさかのダンジョン攻略のお誘いか。特にE3のダンジョンなら喜んでと言いたいが、さてはて…
「それは、迷いの森に出てくるランダムダンジョンか?」
「うん、そう。あそこをクリアすると、行ったことのある街へ転移できるようになるって聞いたんだ。」
「そうだな。俺も使ってるぞ。」
「いいなぁ。私、まだ転移できないんだ。」
どうやら、まだ転移ゲート解放イベントに辿り着けていないようだ。まぁ、ダンジョンみたいなモンスター底なしの場所は、彼女とは相性が良くないだろうから、わからないでもない。だが…
「ところで、ヒッツの森のダンジョンには挑まなかったのか?あっちはモンスターも格下なはずだぞ?」
「行ったよ。でも、何度やってもダメだったんだ。1層で物凄い数に囲まれて死んじゃった。」
「物凄い数」というのがどの程度かわからない。だが、レベル的に格下のダンジョンで死に戻りするほどモンスターに囲まれる状況にはいくつか心当たりがある。
- 広域に対し攻撃できる魔法や、索敵系の魔法を使うこと。こうすると、草原や荒野といったダンジョンだと、大量のモンスターを釣りだしてしまう場合がある。
- モンスターハウスを引いてしまうこと。1層で遭遇することは無いらしいが…
- 「回廊」や「巣」系統のダンジョンに入ること。この系統は、モンスターの密集した部屋ができやすいため、安易に踏み込むと集団で襲われる。
- 「~~の広場」系統のダンジョンに入ること。狩場タイプのダンジョンなので、集団で襲われる。
「挑発か索敵辺りを間違えて使ったんじゃないのか?それとも、モンスターハウスか?」
「何もしてないし、そんな名前じゃなかったよ。入ったら、周りがモンスターだらけで、わ~って押し寄せて来たんだ。」
「それ、ダンジョン名が、何とかの広場ってなってなかったか?」
「えぇと… あ、うん。広場って付いてた。」
どうやら、アヤは間違って狩場系のダンジョンに入っていたようだ。だが、一度ならともかく、何度も入るって変だな。
「とりあえず、入ったダンジョンが間違っているようだぞ。ダンジョンの入り口で鑑定してから入らないと。」
「え?入り口って鑑定できるの?」
「できないなら、どうやってダンジョンのことを知ったんだ?」
「たまに冒険者ギルドに張り出されるんだよ。場所も書いてあるから、地図を見ながら行けば見つけられるでしょう?」
あぁ…
俺は、ソルットで聞いた話を思い出した。狩場系のダンジョンは、冒険者が日帰りできるのと、見極めて入ればメリットが大きいため、冒険者ギルドに張り出されることがある… というものだ。
おそらく、彼女は、それが出現している唯一のダンジョンだと誤解してしまったのだろう。情報としては間違っていないから厄介だ。
「ダンジョンだが、入り口に対して鑑定すると、その名前や消えるまでの残り時間、階層数を知ることができるんだ。」
「鑑定、できたんだ。入り口って空気だから鑑定できないと思っていたよ。」
「アレは空気のように見えてワープパネルみたいなものだから鑑定できるぞ。あと、入り口の壁部分でもOKだ。俺はそこに触って鑑定している。」
「あぁ、そういえばユーさんは、手で触らないといけないんだったね?」
この世界で空気を鑑定するためには専用の技能が必要だ。なぜなら、鑑定できるものの条件は「存在を認識できること」だからだ。空気に意識をもって干渉することは困難なのである。
「そのダンジョンだが、転移ゲートの話が出てくるのは、5層以降だな。つまり、6階層以上あるダンジョンに潜らないといけないぞ。」
「階層数って言うのは、ダンジョンの中に階段とかがあって、それを下った数でいいのかな?」
「そうなる。つまり、それなりに奥まで行くことが前提になるぞ。各層の所要時間も書いてあると思うが、とりあえず日帰りは無理だ。」
「残り時間が無くなったら、どうなっちゃうの?」
「ダンジョンの地面が崩れて飲み込まれるそうだ。生身の人が、そんなものに巻き込まれたらどうなるかなんて、考えるまでもない。」
「あぁ、じゃ、十分な時間があって、6階層以上あるダンジョンに入らないといけないんだね?」
「そうなる。あと、名称にも注意が必要だ。出現するモンスターの傾向や、ダンジョンギミックに関わるんだが、例えば砂漠や海底なんかだな。無対策で入ったら死ぬぞ。」
「あぁ、書いてある。これ、現実の砂漠や海底みたいな感覚でいいのかな?それ、確かに死んじゃうかも…でも、海底ってロマン?」
「ロマンを感じるのは良いが、まず溺れる。それ以前に水圧がきつくて身体がすり潰される。」
「えっ、そういう話なの!」
入ってはいけないダンジョンについて知っておくことは大切だ。さすがに変な技能は生えないが、死に戻りして良いことなんて無いからな。
「そして、アヤさんが入っていたのは、冒険者間で狩場と呼ばれている特殊なダンジョンだろうな。特徴は、階層数が1になっていることだ。」
「1層?それって、あのモンスターを全部倒したらおしまい?それとも、ボスみたいなのが出てくるの?」
「どちらも違うぞ。モンスターが無限に沸いてきて、時間切れになるか死ぬまで戦い続ける。その代わり、死に戻りに対するペナルティが無いんだ。」
「それって、素材を稼ぎたい人には便利そうだね~。」
「そういう便利な理由だし、日帰りもできる。だから、発見者が冒険者ギルドに報告して、掲載されるんだ。」
「なるほど~。ん?あっ!そういうことだったのか!」
「だいたい広場という名称になっていて、入った瞬間、大群が出現し、一斉に襲ってくる。これが狩場の特徴だな。」
「う~!騙されていたのか!いや、私が間違っていたのか~。」
そう。正確に言うと、彼女自身の情報収集不足と誤解が生んだ悲劇だったのだ。
「それと、これは別の街で聞いた話だが、複数階層のダンジョンがギルドに掲載されない理由は、見つけた冒険者がそのまま潜って、報告される頃には期限切れになっていることが多いからだそうだ。」
「期限?あぁ、そうか。何日も潜るから、出てきて、ギルドに報告する頃には消えちゃうって事でいいのかな?」
「そうなる。だから、複数階層のダンジョンに行きたいなら、自分で探すことが必要だ。」
「わかったけど、それ、無理じゃない?ここ迷いの森だよ?ヒッツの森だって、小さくはないしさ。」
確かに、やみくもに探すのは難しいだろう。だが、探す方法が無いと決めつけるのは早計だ。
「まず、召喚獣を使う方法だな。あんたなら、目になるものを解き放って探せば、歩き回るよりは早いんじゃないか?」
「う~ん。そういうのは無かったような… 視界を共有できる技も無いし。」
「次に、雑貨屋か錬金術店かもな。ダンジョンを探す不思議グッズ、あると思わないか?」
「あぁ、そうかも。錬金術のお店は行ったけど、魔法紙とかしか見ていなかったよ。」
「あとはプレイヤー限定だが、ナビーがダンジョンまでは案内してくれるぞ。どんなダンジョンかは、鑑定するまでわからないがな。」
「え?ナビーって、あのナビーだよね?私も迷いの森から戻る時にお世話になっているけど、そんなことできるの?」
というわけで、本題に移るとしようか。
「ということで、今回は、ナビーの先導でダンジョンに行ってみようと思う。で、アヤさんは準備はどのくらいできているんだ?具体的には、4日分くらいの水や食料、あとはテントなどのアイテムのストックだな。」
「え?う~ん。何日かかるかな?2日くらいで帰ってこれるかな?」
「相性にもよるが、ダンジョン内だけで3日分は持っておくべきだな。俺たちにはログイン制限時間もあるから。」
「あぁ、そっか。一日12時間くらいだと… 一応2日で大丈夫、って書いてあるけど、ちょっと怪しいね。」
「とりあえず足りないなら買い出しして、可能なら森にダンジョン探しに行こう。入り口を確認して、条件が良ければそのまま潜る、あるいは入り口前でテント張って、翌日だな。」
「なるほど。わかった。あ、でも、本はいいんだっけ?」
「本は逃げないからな。良いダンジョンが無ければ出直しになるから、その時に読めば良いだろう。」
ということで、利害は一致したので組むことになりそうだ。
「わかった。じゃ、とりあえず雑貨屋と錬金術… あ、お金どうしよう…」
「厳しいのか?」
「うん。装備更新したばっかりなんだ。」
「なら今は俺が出そう。ダンジョンまでの道中のモンスターを狩れば済む金額だからな。」
「本当?それは助かるよ。」
ということで、久しぶりにソロVSソロのパーティを組むことになった。