本文
「ユー様、おはようございます。」
「おはよう、ナビー。今日は図書室に寄った後、店を巡るぞ。」
「了解しました。」
「それと、今ギルドで出ている依頼を教えてくれ。」
今日の午前中はアヤと武具屋、錬金術店などをめぐる予定だ。そして、午後はダンジョンに向かう。ここしばらく、レベル20で止まっていたからな。
ただ、それはそれとしてギルドの依頼についても確認しておく。せっかくギルドにいるのだし。
結果、納品や薬草の仕分けといった定番物に加え、呪われたアイテムの浄化依頼もあった。
第3マップまでのダンジョンでは、道端に宝箱は無かった。が、第4マップのダンジョンからは低確率ながら普通に出てくる。その中には、例によって呪われたアイテムが入っていることもある。
なお、宝箱と言えば定番のミミックも出てくるぞ。ただ、宝箱に擬態して噛みついてくるタイプだけではなく、開けた人が異空間に引きずり込まれ、中にいた普通のモンスターと1対1バトルをさせられるタイプがある。
「あの、今こちらに浄化を使える方はいませんか?」
ん?どうやら、急ぎの浄化依頼が入ってきたようだ。まぁ僧侶ならその辺にいっぱいいるだろう。武僧なんかより人数が多いって聞いているからな。
「あの、確か武僧のユー様ですよね。昨日確認した所、浄化依頼の経験ありということでしたが、どうかお願いできませんか?」
「ん?僧侶がいないのか?」
「探しているのですが、どうやらダンジョンに出ているようでして…」
「そうか。緊急なのか?」
「はい。その、呪われたアイテムを拾ってしまった冒険者が列を作っていまして…」
うん。よく考えると、ダンジョンのある街なら、僧侶は皆パーティに駆り出されていてもおかしくない。
僧侶はダンジョン攻略のキーマンとも呼ばれている。次々とモンスターに遭遇し、連戦が起こる場所なら、ヒーラーの役割は大きい。さらに、現地で呪われたアイテムを拾った時の保険にもなる。
仕方ないか。待ち合わせにはまだ時間もあるし、というか場所が受付ならアヤもそこに来るはずだ。行くとしよう。
そして、職員に連れられて1階へ…
BGM(Work)
「浄化のできる者を連れて来ました。」
「ん?おっさん?あんた武僧か?」
「武僧だな。呪われたアイテムは何だ?」
「あぁ、この槌だ。宝箱から出したら張り付きやがった。」
「なるほど。その槌を腕ごと台に置いてくれ。」
最初の依頼人は、男だった。槌士だろうか?
俺は浄気を使用した上で、台にあった男の腕に触れ、その後槌に触れた。確かに呪われており、浄化することができた。
「あぁ、助かったぜ。」
「ダンジョンに潜るなら、アイテムは手に取る前に鑑定すると良いぞ。技能が無いなら観察から始めるんだな。」
「お おぅ。感謝するぜ。」
「次の人はこっちな。」
「このポーション瓶です。浄化できますか?」
その後、10人ほどの呪われたアイテムを浄化することになった。
中には、浄化した際に砂になってしまった物もあったが、こればっかりは呪いの性質なので仕方ないだろう。土属性魔法が特効になるヤバい呪いだったのだから温情だ。
あと、浄化した際に良いアイテムになったケースもあり、喜んでいた人もいた。「呪われた指輪」が「闇の指輪」になり、闇属性強化という珍しい効果が付いたのだ。
「どうもありがとうございました。おかげで助かりました。」
「依頼として処理してくれるなら問題無い。だが、この街に教会や病院は無いのか?ダンジョンがあるのに、浄化できる人材が足りないというのは異常だぞ。」
「あぁ、すみません。普段は教会で浄化をしているのですが、隣町からの応援要請がありまして。」
教会… 隣町からの応援…
あ、思い出した。
ゴブリン祭りと同じ類のイベントだ。現在がその期間だったか。
「そうか。ということは、この依頼は今だけ出している感じなのか?」
「そうなります。普段はこちらにも教会の方が訪問しているんですよ。」
そうなると、浄化依頼は常設依頼ではなく、期間限定依頼になりそうだ。
それなら、この機会に浄化依頼を受ける優先度は上げるべきかもしれないか…
先日「中級拳士」称号が手に入った。従って、次に狙うのは「中級僧侶」称号だ。そのための条件には、浄化の回数が必要なのだ。
「なるほど。俺もダンジョンに挑むため、しばらく滞在を予定している。その間で良いなら協力しよう。」
「あ、はい。よろしくお願いします。たぶん、お昼か夕方頃に、またいっぱい来ると思いますよ。」
「あの塔って、そんなに呪われた物出てくるのか?」
「大草原からもやってくるみたいですね。あと、ご存じ無いかもしれませんが、塔の影響なのか、都の中に、たまにランダムダンジョンが発生するんですよ。」
あれ?街中にランダムダンジョンが沸くなんて話、滅ぼされた地域が舞台になる第6マップのことだと思っていたのだが、違うのか?
「あ、ユーさん、おはよう!」
おっと、待ち人か。
とりあえずダンジョンのことは、後でウィキを探すとしよう。第4マップには固定ダンジョンがあるが、ランダムダンジョンに入った時の挙動は知っておくべきだからな。
「おはよう。待たせたか?」
「いや、今ログインした所だから待ってないよ。それより、これは何していたの?」
「あぁ、緊急依頼で、浄化の仕事をしていた。」
「浄化?ゴーストでも出たの?」
「呪われたアイテムの浄化だな。」
「え?そういうのあるの?」
「あるぞ。というか、マジカルエングレイバーの彫刻刀は、呪われた銀板を浄化したものだな。どうせ図書室に入るのだし、その辺りも調べておくと良いぞ。」
「うん。そうする。」
その後、俺たちは3階の図書室へ向かった。
俺の目的は、もちろんナビーのアップデートだ。
そして、アヤにとっても目的がある。
「ん?こいつだな。」
「あ、印術の本だね。読んでみるよ。」
この図書室で読める本には、魔印の一つ「雷針」の情報がある。これは、印を刻んだ地点に小さな雷を落とす、といった感じの印術だ。雷が印の直上に落ちるため、命中させるのが難しい代わりに、当たればそれなりのダメージが見込める。
通常は、地面に設置して通過するモンスターを攻撃するトラップとしたり、一部のギミックを吹き飛ばしたりする用途で使われる。一応、モンスターに直接刻めば命中100%の小雷になるのだが、普通の印術師にはほぼ無理である。
だが、アヤの場合は事情が変わる。マジカルエングレイバーを使って、遠くから印を刻むことが可能だからだ。
しかも、画家技能が育っており、器用極振りのため、モンスターに直接刻み付けることができてしまいそうだ。それができなくても、空刻があるので、モンスターの頭上、空中に描けば良い。
実は、マッシブマッシュ戦の前に、アヤの「描画」「彫刻」が中級になり、「中級画家」称号が生えてしまった。マジカルエングレイバーが楽しくて遊びまくったためらしい。
あと、いつの間にか「並列思考」を獲得していた。これにより、マジカルエングレイバーの分身に別々のことをさせられるようになったし、アヤ自身がフリーになることも可能になった。本人は「これで、複雑な絵が描けるよね?」と言っていたので、返答に困ったぞ。
「それにしても、この本が印術の本だとわかるなんて、ナビーちゃんって優秀だね。」
「ん?これはナビーではないぞ。鑑定すれば本のタイトルはわかるんだ。」
「え?そうなの?鑑定… あ、本当だ。タイトルと、本の説明だ。へぇ~、要約が出るなんて親切だね。」
「まぁ、見えているなら本の表紙を見ればわかるみたいだし、結局、中身は自分で読まないといけないけどな。」
「確かにそうかも。でも、鑑定できるっていうことは、意味があるのかな?」
アヤの考えは的を得ている。なぜ、見ればわかるアイテムなのに鑑定できるのか?を考えることには意味はあるのだ。
この世界では壁も床も鑑定できるので、本だってそれに含まれていてもおかしくない。だが、そうであるなら、鑑定結果は「本のタイトル」ではなく、以下のような結果になるべきなのだ。
床:
種別: オブジェクト
説明: 木製のただの床。
本:
種別: オブジェクト
説明: ただの本。表紙に「印術の基礎」と表記されている。
「鑑定を育てると、詳細な情報を閲覧する識別や、かかっている偽装を解除して鑑定する看破が生えるぞ。」
「識別と看破… えぇと、つまり、隠された情報を本から探さないといけない時に役立つ、ということかな?」
「そういうことだろうな。」
「そっか。それって、私も覚えられるかな?」
「どちらも、鑑定をたくさんこなす必要があるぞ。装備、モンスター、アイテムも含め、機会があれば鑑定していくと良い。ちなみに薬草を仕分けていたのはこの点数稼ぎも兼ねている。」
「そうだったんだ。でも、草くなるのはちょっと…」
「アレは、別の技能が欲しかったのと時間が空いていたからだな。」
実は、イスタールで「草い」騒動があった日、俺には「薬草知識」という技能が生えていた。生える条件に、触れた薬草の種類や数が必要だったからだ。なお、その時に起こった薬草の雪崩事故は関係ない。
薬草知識:
説明: 薬草に対する深い知識。薬草をより効果的に扱えるようになる。未知の薬草に対する理解が深まる。
識別: 薬草効果増幅(小)、薬草デメリット緩和(小)、薬草の鑑定精度向上、入手可能薬草の範囲拡大、植物系モンスターへの優位(小)
なお、実際に俺が目指しているのは、この技能の上位技能だ。だから、まだまだ薬草の仕分けは続ける予定である。
その後、俺たちは図書室を出た。なお、アヤはいくつかの本を手に取って鑑定していた。まぁ、看破の条件クリアには役立つだろう。