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「S3 フィールドボス 戦艦クラゲ の討伐に成功しました。 S4 のマップが解放されます。」
今、俺は、ソルットの南海域を進む船の上にいる。
船には金属と木材が使われており、床や手すりは木製だ。ただ、海面から1メートルくらいの高さしかないので、波音が近く感じられる。
そして先ほど、アナウンスの通り、海中に潜んでいたフィールドボスが討伐された。俺は、近くで棒立ちしていただけだった。
港町ソルットの南海域に生息しているフィールドボス、その名は「戦艦クラゲ」。水上に現れて、足から水魔法を連射してくるため、これを処理しながら、同様に遠距離攻撃をぶつけていく必要がある。
なぜか、海に落ちると即死判定になるため、俺一人ではどうにもならない。一応、ボスが出てきてから手を伸ばしてみたが、クラゲにあるであろう触手の先っぽにすら触れることができなかった。
そこで、アヤたちに協力してもらっている。俺の役割は、動かぬ盾になって、正面から飛んできた魔法を弾くことだ。結果、クラゲはそれなりに俺を狙ってもくれたようだったので、仕事はした… と思いたい。
「今回は助かった。俺ではどうにもならなかったからな。」
「ん?大丈夫だよ。私もナザ島に行くために倒さないといけなかったみたいだし。」
「問題ないぜ。ユーさんには世話になったからな。まぁ、俺たち要るのか?って感じだったけど。」
「そうだよね~。クラゲに印を刻み付けるなんて、ユーさんの系譜って、なんでこんなのばっかりなのかな?」
今ここには、アヤ、ルーカス、そして、なぜかリーネさんまで付いてきている。
役割分担としては、俺が盾、スパイクがヒーラー、アヤが遠距離砲台、そして、ルーカスとリーネさんが遊撃… のはずだった。
が、実態としては、ほとんどアヤによるソロ狩を皆でカバーするという後継になっていた。アヤは、器用にクラゲの前進に印を刻んで、雷針をたたき込みまくっていたのである。そりゃ、あれだけ雷が直撃すれば第3マップのボスなんて楽勝だろう。クラゲ自体は大きい上にほとんど動かないからな。
なぜ、こんなことになったのか?それは、3日前に遡る…
トマの塔3層で手に入れた雷霊鬼のドロップや報酬について、俺はアステリアに相談してみようと思っていた。のだが、残念ながら、俺が戻ってきた時には、彼は旅立った後だった。
確かに、昨日「早ければ明日中に旅立つよ。またどこかであったらよろしく!」と言っていた。まとめウィキ住民として馬が合うということで、フレンドコードも交換した。
ただ、そうなると、今連絡して戻ってきてもらうのは難しいだろう。行先は聞いていないが、現在進行形で移動中な可能性はあるし、そうでなくても、携帯用店舗の移動と開店、そして安定するまでには時間もかかるからだ。
ではひとまず保留にするとして、アヤには見せておこうと思った。召喚石は目的を果たすと消えてしまうのと、描かれている絵くらいなら心当たりがあるかもしれない… と思ったからだ。
そうしてフレンドチャットで話を持ちかけた所、ちょうど、S3フィールドボスをルーカスとボコるという話になり、お誘いがかかったのである。なお召喚石については「うん!見たい!」の即答だった。
ということでソルットに転移。ギルドの図書室で確認することにした。
「ユーさん、久しぶりだぜ。」
「そうだな。無事にソルットに着いたようで良かった。」
「ユーさんに亀の弱点や道の抜け方を教えてもらったおかげだぜ。最初、てきとうに歩いてみようと思ったら、いつの間にかスライムにやられちまってよ。」
「それは、たぶんヌーンアウルを見たせいだな。」
「梟だろ?俺も思い出して、注意するようにしたんだぜ。」
「それで、ソルットは楽しいか?」
「魚がうめぇな。村にはほとんど流れて来なかったが、ここだと安くたくさん食えるんだもんな。」
久しぶりのルーカスとの再会だ。その横では…
「う~ん、鬼というよりお化けかな?でも、ツノにも見えなくないかな?」
「アヤさんは、これに見覚えはあるか?」
「え?あ、ちょっと待って。今描いてる所だから。」
「描く?」
「うん。なんだか、描くと思い出せるんだ。どこかで描いたなって。」
全力で召喚石の描いているアヤであった。これについては、いつも通りだろう。まぁ思い出してくれるなら、俺としては何でもかまわない。
「彼女、絵に賭ける情熱が凄いよね。でも、やっぱりユーさんの知り合いだったか~。おかしいと思ったんだよ。」
「おかしいって何がだ?」
「あぁ、ユーさん見えてないかもだけど、彼女、今3個所くらい同時に描いているんだよ。インテリジェンスソード?みたいなのも使って。中級画家に、そんな技があるなんて聞いてないし、彼女の実力で使えるインテリジェンスソードが出土したなんて話、本当なら大騒ぎだよ?」
「あぁ、それはゴーレムだな。魔法触媒だから、自由に操れている感じだが、半分以上は本人の才能だぞ。」
「え?これがゴーレム?どう見ても… あ、ゴーレムだ。またこれは…」
「え?識別?鑑定されました?」
「あ… ごめんなさい。」
無許可での「看破」と「識別」の組み合わせは敵対行為に該当する。アヤがそこまで考えているのかは知らないが、リーネさんが謝っているのはこのためである。
「う~ん、満足。でも、この絵は初めて見たな。読んだ本にはどこにも載っていなかったよ。」
「そうか。ちなみに、トマの塔の鬼の伝説… みたいな本は覚えているか?」
「そんな感じの本があったような気はする。でも、アレ、絵は載っていなかったんだよね。」
「そうか。だとすると、これ以上は特に出てくるものも無いか。召喚できたとしても、使い道が無いしな。」
まぁ、保留ならそれでも良い。使わないアイテムが出てくるというのは往々にしてあるものだ。だいたい、棍も使え無さそうだしな。
では、俺たちはフィールドボスを倒す準備でも始めようか。そう思ったのだが…
「あぁ、ナザ島に行くなら、2日待ってくれないかな?私も同行するよ。」
「え?」
「召喚に詳しい人があそこにいるから紹介するよ。それに、私の見立てだと、戦艦クラゲが出てきた場合にアヤさんの負担が大きそうだから。」
「まぁそうなると思っている。リーネさんが水中から船の上に釣りだしてくれるなら、何とかなるんだがな。」
「それ、船が危ないやつだからね。たまにやっている異人がいるのは知っているけれど、本音を言えば止めて欲しいかな。」
おっと。例の釣り狩をすると住民?ギルド?あるいはリーネさん?からの好感度が下がるようだ。まぁ、船の上にフィールドボスがこんにちわなんて、危険だもんな。
確かまとめウィキには載っていなかったと思うので、検証板に挙げておくか。自分で追記しても良いが、要は、釣り狩りに問題があるか住民に聞けば良いだろうから、検証班がうまくやってくれるだろう。
「ん?俺はいいのか?海から来るボスだから、魔法で攻撃すればいいんだろう?」
「戦い方としてはそうだな。ただ、ルーカスは接近戦の方が得意だろうから、基本的に相手からの魔法を弾くのが役割になると思うぞ。魔法に長けたメンバーがいる時は、そういう役割も必要ということだ。」
「それもそうか。まぁ、攻撃できる時は攻撃していいんだろう?」
「もちろん良いぞ。ただ、スパイクには盾と回復を頼みたい。」
「いいぜ。船に上がってこないんじゃ、スパイクの武器が届かないからな。」
そして、リーネさん側の準備が整うまでの2日間だが、
準備自体はだいたい終わっていたので、俺たちは浜辺での水泳や疾走技能の育成に勤しんだ。ここで育てるのが一番効率が良いからだ。
「ユーさん、ここ不思議だな。なんで、ずっと走っていられるんだ?」
「ダンジョンみたいなものだな。考えても仕方ないが、便利なものは使うべきだろう?」
「違いねぇ。それと、遊泳を育てれば、海のモンスターと戦えるってマジか?」
「海の中で武器が扱えるようになるぞ。それに、漁師の中には、そうやって海中で魚やモンスターを狩る人もいる。」
「そうか、確かにそれができねぇと漁師やれないか。だが、槍が無いと厳しいとも聞いたぜ。」
「水の中で武器を振ればわかるが、突き出すのが一番威力が出るし疲れない。だから、手早くたくさん狩りたいなら槍だな。他の武器が使いたければ、相応に鍛えろということだ。」
「そういうことか。まだまともに泳げねぇから、そこからなんだろうがな。」
ルーカスとそんな話で盛り上がったこともあれば…
「海の中ってキレイだよね。でも、描くのは無理かな?」
「この街なら、水に濡れない魔法紙や板ならあると思うぞ。あとは、あんたの技能の問題だな。」
「私の技能?」
「あぁ、水泳とか潜水系の技能な。海で泳いだり潜ったりしていれば勝手に生えるぞ。」
「あ、そういうことか。息が続かないのはダメだもんね。」
「あとは海水浴グッズの類だな。観光用ビーチならモンスターもいないから、まずはそっちで慣らすと良いぞ。プレイヤーならプライベートビーチも選べるから、人目が気になるならそっちだ。」
アヤと、そんな話をしたりもした。
なお、彼女も途中から加わり、3人で同じビーチに入ったのだが、皆、己の目的達成に向けて邁進していたので、語り合う機会すらほとんど無かった。たぶん、見てもいないだろう。
一応、休憩時に声をかけて、余っていた炭酸ジュースや露店で買った串焼きを囲んだ時には顔を合わせた。そこで聞いた話だが、二人とも野道での狩や露店巡りを満喫していたようだ。
ただダンジョンについては、不運にも微妙なものしか見つからなかったらしい。ルーカスが、「鳥の沼地」に単騎特効したが、足場が悪くて大変だったそうだ。そりゃ沼地だもんな~。
そんなソルットでの生活を経て、俺たちは南の第4マップ「S4 迷宮の浮島 ナザ島」に上陸したのだった。