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「ユー様、おはようございます。」
「おはよう、ナビー。今日は図書室と滝修行だな。ひとまず図書室へ先導してくれ。」
「了解しました。図書室はこっちです。」
ログインした時のゲーム内時刻は 6:13 だった。8時にギルド前で集合することになっているので、図書室に行く用事は今の内に済ませておこう。
「あ、ユーさん、おはよう。」
「ん、なんだ、もう来ていたんだな。」
「だって、この後滝へ行くんでしょ?今しかないじゃん。」
図書室には先客、アヤがいた。どうやら、本を調べているようだ。
この島で手に入れられる印術は… 「影身」だったか。術者の影を呼び出し随行させるもので、戦闘力は無いが、モンスターの視覚を誤認させたり、一部の罠を誤作動させたりすることができる。なお攻撃を受けると消滅する。
「アヤさんは、印術は見つけたか?」
「うん。今読んでる所だよ。」
「それは良かったな。」
「影ねぇ。これ、マジカルエングレイバーが使うとどうなるんだろう?」
「本来ならゴーレム側の魔力で発動するから、できるのはゴーレムの影だな。だが、マジカルエングレイバーの場合はどうなるんだろうな?」
「へぇ~。でも、触ったら消えちゃうんだよね?絵に使えないかな?」
「俺にはそっちのことはわからん。浸かってから考えた方が良いかもな。」
「うん。そうだね。」
そんなことをしていたら予定の時刻になったので、俺たちはギルドの入り口に集まった。
「おはよう、ユーさん。今日もよろしくな!」
「そうだな。確かリーネさんは昼から…」
「ほ~い、お姉さんも仲間に加えてよ。」
「本業はいいのか?」
「ん?大丈夫だよ。何も問題無かったから。」
いつもこんな感じな気がするが、一応サブマスターなのだ。問題無いと言うなら、特に言うことはあるまい。
とりあえず、ここにいると、一部の職員が振るえるようなので、目的地へ向かおう。
その後、ナビー先導の元、俺は、プレイヤー間で名所と言われている場所「修行の滝」へ向かった。なお、本来は、そんな名称は付いていないただの滝だ。
歩いていくと、滝らしい水の音が聞こえて来た。「ダンジョンから地下水が吹き上がっている」という設定らしく、山があるわけでもないのに、けっこうな水量だ。だからこそ修行に使えるわけだが…
「着いたね。ん?けっこうな人がいるけれど、アレは異人かな?」
「たぶんそうだろうな。考えることは皆同じというやつだろう。」
「じゃ、あまりうるさくしたらいけないかな?」
「まぁそうだが、この程度の声で反応するような人は、修行に向いてないな。」
「確かに、こっちに反応する様子が見られない。そうか。私もこうしなきゃいけなかったのか。」
その後、俺たちは水着にパージした。当然というべきか、プレイヤーメイドの設備が設置されていたので、使うことになった。
そこは、木製の狭い個室が連結したような作りになっており、中から簡易の鍵をかけることが可能だった。光源は自分で用意する必要はあるが、水着へのパージなんて、ステータスから選べば良いので、プレイヤーなら迷うことは無いだろう。なお、ルーカスとリーネさんはどうしたのかは知らない。
その後、俺たちは目的の滝の前にやってきた。
「うん。この辺りなら4人入れそうだよ。」
「わかった。じゃ、まずはこの範囲を集土や土壁で囲むぞ。外から見られないようにすれば余計な反応も減るからな。」
「そうか。バリケードを置くって言っていたが、そういうことだったか。」
まずするべきは、遠くから見られにくいようにすること。簡単な方法は、土属性の魔法で盛り土を積み上げることだ。
4人で協力したこともあり、必要な盛り土はすぐに用意できた。なお、囲めている範囲はそれほど広くないが、モンスターに備えるわけではないので十分だ。
「ルーカス。スパイクを護衛に立たせておくと良い。装備は盾な。」
「護衛っているか?」
「一応な。ゴーレムでも立っている方が抑止力になるぞ。」
「それもそうか。ユーさんのは出さないのか?」
「そうだな。おくたんも出しておくか。戦闘能力は無いけどな。」
「私のは?」
「いや、アヤさんのは無理だ。ゴーレムに集中していたら滝行の意味が無くなる。」
「あぁ、そっか。わかったよ。」
ということで、おくたんとスパイクを護衛に出しておいた。彼らには付近をてきとうに巡回してもらう。
「じゃ、ユーさん、お手本見せてよ?」」
「他の異人がやっているものを参考にすると良いぞ。滝の所に座って、体に流れる水に意識を向けるんだ。水魔法を習得するために、水に触れて学んだ時と同じだな。ちなみに、魔力操作はしなくても良いぞ。あと、顔は出しておくことだ。息ができないと死んでしまうからな。」
俺は水場に入り、滝に向かって歩いて行った。滝の音は、現実のそれと同じで、周囲の音がほとんど聞こえなくなるほどうるさかった。
そうして歩いていくと、手に水がかかる所まで近づいた。さらに踏み込むと、体中に水が流れ始めた。で、最後は水にずっぽりと浸かる形になった。
俺はしゃがみ込むと座禅を組んだ。なお、座る姿勢については自由で良いから、長く続けられると思う姿勢を取るように伝えてある。
意識を集中させると、まず感じたのは滝の音だ。いわゆるホワイトノイズと言えるようなザーザーとした音が大半だったが、体に触れる部分は、ホースから勢い良く出した水が地面に当たった時のようなパシパシとした音だった。あと、泡が沸いているような音も聞こえる。
次に触感だが、大半は頭や肩に当たる大量の水だ。「水に押さえつけられている」といった感じ方もするだろう。だが、それ以外、例えば下半身などは、ただ水に浸かっているだけ… という感じ方だった。あと、当然ながら冷たい。
一方、こちらはアヤ。
「滝の心」なる技能を習得できる、とユーから聞いたので混ぜてもらった。ソルットの海で「遊泳」を習得したら、いつの間にか体力と筋力のベースが増えていたが、それと似たようなものだそうだ。
習得の方法は、マンガやアニメでたまに見る、無心で滝に打たれ続けることだそうだ。自分にできるかはちょっとわからないが、そういうことが体験できるのもゲームならではだろう。
そして、実際に今、滝に打たれている。「滝湯」のある温泉を経験したことはあるが、当然ながら何もかも違った。
まず、とにかく冷たい。次に、水が肩や背中、頭に当たって圧し潰されそうになる。あとは、滝湯なら右肩、左肩、首など一部にしか当たらないが、滝だと全身満遍なく水が当たる。
ユーさんは、「水に意識を向けてみろ」と言っていたので考えてみる。ただ、今は冷たいしちょっと痛い。それどころではないかもしれない。
少しした後、私は滝から出た。後ろを見ると、ルーカスは耐えているような印象だったが、ユーさんとリーネさんは平然としているようだった。
とりあえず休憩したら、また入ろう。適宜休憩しても良いと聞いているし、普通だと数日はかかるらしいから、時間のある時にやれば良いそうだ。
「うへ~!こりゃたまらん!」
「あ、ルーカスも出て来た。」
「あぁ、アヤさんか。いや、なかなか激しいな、あの水は。」
「そうだね。一日で習得できるものじゃないから、時間がある時に休憩しながら続けるのが良いらしいよ。」
「あぁ、俺も聞いているぜ。確かに、こんなの続けられねぇや。ユーさんたちはまだまだ平気みたいだがよ。」
「うん。私も休憩したら、もう一度がんばってみるよ。お昼まではがんばろう、って決めているんだ。」
「昼か。そういえば、腹の減りが早い気がするぜ。それだけハードってことか。」
「あ、ほ 本当だ!何か食べないと!」
滝行は、水に耐えるという運動量と寒さが原因で、満腹度の減少が通常の倍ほどになる。「空腹耐性」の無いアヤだと、1時間で40%近く満腹度が減るのだ。
その後俺たちは、昼まで滝行を続けて解散した。
俺は午後も滝行を継続した。途中で飽きたら薬草の仕分けをして過ごした。
アヤとルーカスは、滝が堪えたらしく、街の散策などをしたようだ。リーネさんは、ギルドでお仕事… と思ったら、午後も滝行に興じていた。
なお、「滝の心」の習得条件は、累積20時間の滝行(無心、不動で滝に打たれる)なので、どう考えても今日中には習得できない。
アヤとルーカスにもそれは伝えてあるので、のんびり習得に励むだろう。もちろん、俺も、少なくとも3日か4日は賭ける予定だ。途中で飽きてしまうからだ。