09-04 プライベートビーチで鍛練、そして技能進化

改定:

本文

「浜辺に到着しました。」

翌朝、俺たちは、例によって浜辺にやってきた。

今日の目標は、俺自身の「遊泳」と「疾駆」を育てることと、ブレイオが「遊泳」を獲得できるか確認することだ。実は幼体の時は、海に入が苦手なのか、入ろうとしていなかった。が、先日の「粘体の沼地」では、沼に足を突っ込んでいたので、もしかしたら進化に伴って入れるようになったかもしれない。

「浜辺に入りました。プライベートモードに変更しますか?」

(プライベートにしてくれ。)

そして、以前と同様、プライベートビーチへ突入した。

「お~、変わった変わった。確か、無限に走れるんだったよね?」

「走れるぞ。だから、俺はさっそく行くな。ブレイオも走るか?」

「うん。走る。」

「私は海に行くよ。邪魔はしないでね?」

「海の心だったな。それなら、ぶつかったり踏んづけたりすることは無いと思うから、自由にしてもらって良いぞ。」

「踏んづけるなんて… って言いたいけれど、ユーさんの場合ありそう。」

「俺がプライベートビーチを選ぶのは、そういう事故を防ぐためだからな。」

というわけで、俺たちはさっそく走り始めた。

なお、皆、走る速さには違いがあるし、合わせなくて良いと言ってある。敏捷の関係で、一番遅いのは俺なので、合わせる理由が無いからだ。

そうして走っていると、たまに、何かが俺を追い抜いていくような走る音が聞こえる。追い抜く速度からすると、ブレイオだろう。レベルアップのおかげで、俺より速く走れるようになったし、以前よりスタミナも付いてきたはずだ。

そうなると、浜辺内のループポイントがどこか?ということも少し気になる。とはいえ、走っている感触からだとわからないので、それこそ誰かに見てもらう必要があるだろう。見つけた所で、何か意味があるか?というと、無いと思うけれど。

「技能 疾駆 が上限レベルに達しました。」

「技能 疾駆 が 定駆 に進化しました。」

走り始めて3時間ほど経過した頃… ついに、俺の「疾駆」が目標値20に届いた。

この技能だが、進化先が分かれている。リーネさんも習得している「縮地」と、タンクなどに向いているルート「定駆」だ。前者は短距離を俊足で移動でき、後者は走り続けても疲れにくくなる、いわゆるマラソンのルートだ。

もちろん、俺が選ぶのは後者の「低駆」だ。敏捷を増やす意味が無いこともあるが、そもそも「縮地」は、「盲人」と相性が悪い技能なのだ。

現実の盲人がマラソンなどの協議に出場する時には、付き添って走るなど、何らかの方法で道案内をする仕組みが必要になる。その目的は「盲人が走る方向をわかるようにする」こととされているが、それだけではない。「盲人が真っ直ぐ走る」ためにも必要なのだ。

人は、五感を用いなければ、真っ直ぐに歩くことはできない。これは、心臓が身体の左側にしか無いなど、人の体そのものが左右均等にできていないからだ。他にも、「風に仰がれる」、「地面が平らでない」などの要因も重なってくる。

だから人は、五感を用いて身体のバランスや位置を補正し、真っ直ぐに歩くように振舞っている。そして、その補正の大部分を占めているのが「視覚」なのだ。

というより、視覚以外の感覚で、「真っ直ぐに歩く」ために使えるリソースが乏しい。足元の地面の違いや、近くで音が鳴っている物体などしかなく、それも「補正材料に使えるか?」程度の精度しかない。

話を戻すが、「縮地」を俺が習得しても、その過程で「走る」行為がある以上、目的の場所にたどり着ける保証が無い。良くて到着地点がずれる。悪ければ、途中で何かに衝突するだろう。

なお、上に挙げた身体のバランス補正が必要なため、まとめウィキでは「縮地」習得を狙う場合、「安定移動」系技能も同時に育てることが推奨されている。これが無いと、縮地の加速でバランスを崩して転倒するからだ。

なぜ推奨されているのか?それは、過去にキャラビルド時の初期技能で「縮地」を選択して悲鳴を挙げたプレイヤーがいたからだ。とはいえ、初期ステータスだと、それほど速くないし、移動距離も短いので、盲人でなければ「練習すれば何とかはなる」ものでもあるが…

「主人。一休みしたい。」

「おっと、そうだな。ブレイオは、強くなった実感あったか?」

「山で戦って、強くなった。主人、たくさん追い抜いた。でも、リーネには勝てない。」

「まぁあっちは格上だからな。俺たちもまだまだ強くなる先があるということだ。」

陸上での技能も得られたので、ひとまず休憩する。

椅子とテーブルをインベントリーから取り出して座る。以前、ルーカスたちとソルットの浜辺で走っていた時に購入したものだ。ビーチ用具を扱っている雑貨屋で購入できた。

6つ足の丸テーブル(6人まで対応)と、4つ足の座椅子だ。両方とも、表面は木製だが、足部分には石が用いられているため頑丈だ。当然、相応に重量もあるのだが、この世界はインベントリーがあるし、筋力というステータスもあるので、出し入れ、持ち運びは容易だ。

あと、そうだ。今はおくたんを出して、採集をさせておこう。砂系の素材や、海中の深い所に素材があるらしいからな。

「ねぇねぇ、なんで二人だけ休んでいるのかな?」

「それは悪かった。邪魔しないでね?と言っていたから、呼ぶわけにもいかなかったし、そもそも、どこにいるかもわからなくてな。」

休憩していたらリーネさんがやってきた。たぶん、疲れたというより気晴らしが必要になったのだろう。

とりあえず、俺は、飲み物や果物を出した。今回持ってきたのは、いつもの浄水筒に、バナナ、レモン、それと炭酸ジュースだ。

この世界でのバナナやレモンには、スタミナの回復速度を向上させる効果がある。現実だとバナナはエネルギー補給、レモンは疲労回復の促進だったはずだ。が、「食べ物を食べればエネルギーである満腹度が回復する」世界なので、バナナの方は効果変更されたのだろう。

「あぁ、浄水筒と冷却コップ… それと、レモンにバナナ… 炭酸ジュースだね。」

「リーネさんもどうだ?コップは洗浄&浄化済だ。気になるなら自分のを出して使うなり、水魔法で洗浄するなりしてくれ。」

「それじゃ、ありがたくいただくよ。」

「主人。レモン、酸っぱい、でも、美味い。」

「そうか。それは良かったな。」

ブレイオは、好き嫌いという概念が無いのか、与えた物は何でも美味いと言って食べる。あるいは、俺と味覚が似ているのかもしれない。基本的に俺が食べる物を一緒に食べているので、俺が「不味い」と思った物は与えていないからだ。

モンスターの味覚や好物については、まとめウィキに情報はある。おそらくブレイオは、「雑食」グループであり、「嫌いな物は特に無く、食べ物なら何でも食べる」のだろう。なお、「好物」については、今の所、見つかっていない。

「ところで、さっきまでゴーレムは出していなかったよね?なんで、今いるのかな?」

「あぁ、おくたんか。鍛練中に出すと、俺が踏んづけるかもしれないからだ。」

「踏んづける?あぁ、そうか。ユーさんだと、途中でクシャってやっちゃうかもね。」

「そうだ。一応、避けるように指示をしても良いが、そもそも、出さないのが安全だからな。」

なお、現在おくたんが採集しているのは、主に砂系の素材だ。海中の深い所には草もあるらしい。まぁ、小遣い稼ぎの類なので、砂だけでも十分である。

「ところで、そっちのブレイオちゃん、槌術は進化させないのかな?」

「そうか。そろそろ決め時だったな。」

リーネさんに言われて思い出した。ブレイオの槌術を進化させる予定だったのだ。

「ブレイオ。槌術を上位技能に進化させるぞ。進化先を説明するから、選んで欲しい。」

俺は、ブレイオに進化先の技能を説明した。

結論として、俺が押したいのは「棍巧術」だ。「鬼棍術」ルートの方が特別な印象だったが、まとめウィキによると、そうでもなかったからだ。

  1. 「鬼棍術」は、「鬼」系種族の共通技能であり、特殊条件が無くても選択可能なこと。一方、「棍巧術」は、「棍」に対する使い込みが必要なので、「鬼棍術」より格が少し高い。
  2. 受けや魔法とのシナジーが「棍巧術」に劣ること。ブレイオのメインウェポンは魔法であり、棍は「雷の効かないモンスターの処理」や「近接時の受け」に使うことが多いだろう。

「ということだ。俺が押したいのは棍巧術だな。」

「わかった。棍巧術がいい。この前やられた時、攻撃を防ぎ切れなかった。棍巧術なら、もっと生き残れる。」

「そうか。ただ、狩場での戦い方はアレで正しかったぞ。あんな数のモンスターに囲まれることなんて、普通は無いからな。」

「わかってる。でも、薙ぎ払うだけが戦い方じゃない。」

どうやら、ブレイオも先日の狩場で感じることがあったようだ。

では、せっかくなので、ベテランにも話は聞いてみよう。

「わかった。ちなみにリーネさんは、何か助言はしてもらえるか?」

「それだけ調べて私に聞く必要あるのかな?」

「知識と実体験は違うぞ。あと、強いて言えば 直観 技能のささやきには従うべしと言われているな。残念ながら俺もブレイオも持っていない。」

「う~ん。棍巧術か~、選んじゃうよね~。」

「選んじゃう?」

「結論から言えば、私も棍巧術にするのが、ユーさんやブレイオちゃんのためになると思うんだ。経験上、ユーさんが調べたことは正しいし、私の直観も、それがベストだと言っているんだよ。」

うん。ウィキの情報の信ぴょう性も確認できた。なら、選ぶと使用。

「ブレイオの技能 槌術 が 棍巧術 に進化しました!」

棍巧術:

説明: 棍系統の槌を巧みに扱い戦闘を行なうための適性。

棍巧術:

下級: 強撃, 受槌, 振払, 連撃, 回転, 粉砕

中級: 裁撃

上級: 纏雷衝撃

裁撃: 力を貯めて、裁きの一撃を振り下ろす。一定確率での即死効果あり。

纏雷衝撃: 雷を纏った棍をたたきつける。雷、打撃、衝撃属性を内包する破壊を引き起こす。 (使用条件: レベル20以上)

あれ?なんか上級の技が生えてる。今はレベル不足で使えないけれど…

ただ、説明から思い当たるものがある。おそらく、雷霊鬼が使っていた、帯電した金棒をたたき突ける攻撃だ。

そして、カイムさんがモンスターを引いた理由も見当が付いた。上級の技だったなら、直撃したくない理由として十分だからだ。

そうなると、なぜ「棍巧術」から派生したのだろう?「雷霊鬼」のレベルが 30 だったので、そうするしか無かったのだろうか?

「あれ?ユーさん?どうかしたかな?」

「あぁ、悪い。ブレイオの技能を進化させた所だ。」

「え?もうさせちゃったの?ちょっと見せてよ。」

「見せるも何も、ブレイオを鑑定すれば良いと思うけどな。」

「あ、そうだね。鑑定… って、うわぁ~!」

どうやら、リーネさんは見てしまったらしい。

「まだレベル不足で使えないけどな。」

「私の直観、警報を鳴らしていたんだよ。これをすると、なんだかとんでもないことが起こるってさ。」

「とんでもないこと?」

「あ、うん。別に、ユーさんやブレイオが、将来困るようなことは無いよ。」

「つまり、アレか。また俺がおかしなことでもやらかしたと言いたいのか?悪いが、俺も今回は驚いている側だぞ。」

何はともあれ、ブレイオの技能が成長した。そろそろ休憩もおしまいにして、海中へ挑むとしよう。