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「ダンジョン 獣と水生の回廊 最下層に入りました。」
モンスターハウスも乗り越えた俺たちは、そのままの勢いでダンジョンを突き進み、ついに最下層にやってきた。そこにいたのは…
「主人。大きなおくたんがいる。」
「おくたん?あぁ、蛸ということか。」
「なるほど。蛸の足の動きだったか。」
今回、俺たちが遭遇した最下層ボスは、おそらく「ナイトハントオクトパス」だろう。略称は「消灯蛸」だ。
まとめウィキに掲載されている「ダンジョンの最下層ボス一覧」で「蛸」に分類されていたモンスターは2匹だ。だが、もう1匹の蛸は、擬態能力を使ってくるので、最初から「蛸」として遭遇することはあり得ない。正体がばれていたら擬態の意味が無いからな。
「主人。部屋が暗くなっていく!」
「やはりか。ヤツは、部屋を真っ暗にしてから襲ってくるぞ。ブレイオは、電磁感応を活用してくれ。」
「わかった。」
ナイトハントオクトパスが「消灯蛸」と呼ばれるのは、戦闘開始直後に部屋を真っ暗な空間に変えてしまう特性にある。これは「消灯空間」と呼ばれる技の効果であり、プレイヤーに忌み嫌われている。
その効果とは、光、闇属性魔法の無効化と、視覚の遮断だ。この遮断効果が、暗視や魔力視といった技能まで遮断してくるため、以下に挙げるような被害報告がまとめウィキで紹介されていた。
- 真っ暗な空間というだけで発狂したり心が折れたりして、ログアウトした。
- 技や魔法を使ったが、距離や使用位置の指定がうまくいかず、良くて空振り、悪ければフレンドリーファイアした。
- アイテム使用やパーティチャットなどのUIは視認できるし、自分に対しての魔法なら問題なく使える。なのに、それができないと思い込んでしまった。
ただし、そんなことがあったのはサービス開始当初や、ウィキに頼らず初見で当たった時だけだ。理由は以下の通りだ。
- 暗くなるまでに30秒の時間があるが、この蛸、その間が無防備である。このため、高火力をぶつけて狩る、あるいは、至近距離でラッシュを仕掛け、暗くなってもそのままごり押す戦術が生み出された。
- 「暗闇」状態ではないため、索敵技能を用いてUIに表示させることが可能。UIのマップ表示と組み合わせると、三人称の光点表示にはなるが、見て理解できる。
- ボスにしては攻撃力、防御力が低く、攻撃手段も触手による接触攻撃のみ。このため、オートカウンター系の技との相性が良い。極論、自己回復と挑発とオートカウンターを使っていれば倒せる。
- 見えないなら声を出し合えば良い。暗闇状態の時にも有効な方法として知られている。
- 空間にかかっている効果なので、それを打ち消す技や魔法を使うと消せる。
そんな、ナイトハントオクトパスが、今回のボスとして出てきてしまった。え?いや、だって… 俺たち関係ないから…
とりあえず、奥の方で何か動いているうような音がしているので、俺は近づいていった。すると、肩の辺りに何かがぽふってなったので掴んだ。
ナイトハントオクトパス:
種別: モンスター・ダンジョンボス・水生
レベル: 15
HP: 100%
状態: 敵対, 真理の枷+1
説明: 暗闇を作り出し、奇襲攻撃を仕掛けてくる巨大蛸。作り出された暗闇の中では、光を一切通さず、また、あらゆる視覚を奪う。
識別:
体力: 450
魔力: 180
筋力: 30
防御: 15
精神: 30
知性: 15
敏捷: 30
器用: 45
属性: 水, 闇
どうやら、掴んだのは触手のようだ。適度な弾力があり、俺の体幅くらいの太さはあるが、巨大蛸として考えると十分に細いだろう。
とりあえず、腕刃でザックリと切り裂いておく。おくたんもそうだが、蛸型のモンスターは斬撃に弱く、今の一撃で15%もHPが溶けた。ただ、再生力も自然治癒力も高いので、もたついていると全回復されるぞ。
「主人。一緒に戦う。」
「良いぞ。ただ、触手の動きは不規則だから注意な。」
「オイラも戦うさ。蛸は、刻めば良いんだったか。」
「合っているぞ。理想は根元から切断だ。だが、触手はよく撓るから、先っぽから少しずつ切った方が安全だぞ。」
「わかっているさ。こいつは、地面を這っているから、足の動きもばっちりだ。!」
こうして、たいして見せ場もなく、ナイトハントオクトパスはボッコボコになって討伐されたのだった。
何しろ、俺たちには視覚疎外は意味を成さない。唯一、相手を視認していたブレイオでさえ、「電磁感応」があれば代用はできてしまうのだ。
「ダンジョンボス ナイトハントオクトパスの討伐に成功しました。」
「ダンジョン 獣と水生の回廊 の攻略に成功しました。報酬を選択して下さい。」
では、お待ちかねの報酬選択だ。なお、ブレイオは召喚枠なので、報酬はもらえない。
提示された報酬は、「知性の種」、「再生の技能書」、「消灯のマント」、「解放の証(存在)」だった。俺は、「知性の種」を選択した。
再生の技能書:
種別: 技能書
説明: 技能「再生」の極意が記録された書物。使用することで習得できる。
再生:
説明: 身体特性の一種。部位欠損を時間経過で回復する。HPの自然回復速度上昇(中)。
デメリット: 効果発動中、被ダメージ増加(中)。
消灯のマント:
種別: 防具・軽装
説明: 光を遮る力を有する特殊なマント。魔力を注ぐことで、一定範囲に光を通さない空間を作ることができる。
デメリット: 着用中、光、闇属性魔法の出力が低下(極大)
解放の証(存在):
種別: その他
説明: 人工知能ナビーによる存在鑑賞制限を解除する。現地の生物に対しナビーを開示することが可能になる。
技能「再生」は、おくたんが持っているものと同じだ。だが、俺の場合、「欠損判定からの回復が早まる」よりも、「被ダメージが増える」リスクの方が大きいと思う。あと、本来はスライムや蛸が持つ技能であり、俺やブレイオが習得しても十分なスペックが出ない可能性がある。
「消灯のマント」は、小規模の「消灯空間」を転回できるが、俺とは相性が良くない。状況から、「真理」に抵触するからだ。
最後の「解放の証(存在)」も、要らないだろう。NPCにナビーが見える必要性を感じていないからだ。
「ユーさん。オイラも報酬もらえるみたいだが、何を選んだら良いかわからん。手伝ってくれや。」
そんな選択をしていたら、隣からお呼びがかかった。ザッポさんだ。
彼に提示された報酬は、「力の種」、「夜の腕輪」、「水の結晶石」、「ゴーレムコア」だった。それぞれについて説明した。
「夜の腕輪」は、暗い所にいる時に精神、知性を上昇させる腕輪だ。ザッポさんの場合、暗闇の影響を受けないのでそれなりにシナジーはある。が、「夜に出歩かない」とか、「店舗という光源のある空間での活動が多い」なら、活きる場面は少ないだろう。
「水の結晶石」は、水属性の高レベル素材だ。ゲーム上は、特定のモンスターを乱獲しているとレアドロップする類のものなので価値は減じているが、希少なのは事実だ。
「といった感じだな。まぁ、合わないなら店に並べて売れば金になるので、好みで決めるのが良いぞ。」
「そうか。それなら、水の結晶石にしよう。オイラが使っても良いし、師匠への土産にしてもいい。」
その後、俺たちはノンノリアまで戻ってきた。時刻は14時頃だったが、ダンジョンでたっぷり収穫した後でもある。変な事故に巻き込まれる前に、街に戻り、換金なり倉庫送りなりをするべきだろう。
「ユーさん。今回は助かった。それに楽しかった。」
「こちらこそ、世話になった。あの迷宮の踏破は、ザッポさんの助けが大きかったと思うぞ。」
これはお世辞でも何でもない。
「回廊」タイプの迷宮を効率的に散策できたのは、彼による探知が大きいのだ。俺だったら、ナビーに任せて、虱潰しに散策しただろう。
「そうかい。ところで、ユーさんが集めた素材はどうするんだい?」
「装備や調薬で素材を使うかもしれないから、まずはそっちだな。残りは行きつけの所で売却だ。」
「そういえば、腕輪の強化をしたいんだったな。うまく使えるといいな。」
「ああ。それじゃ、ここでお別れだ。俺は行くな。」
「おぅさ。旅を楽しんでくれや。」
こうして、俺はザッポさんと別れた。これにて、クエストも完了だ。
「クエスト 土竜鍛冶師と素材収穫 を完了しました。」
「主人。この後は、どうする?」
「この後は、ギルドで依頼をこなそうか。その後だが、お前の故郷、塔に上るぞ。せっかくだし、一番上まで行くか。」
「一番上、行く!」
今回のダンジョン探索で、ブレイオは第3マップの上限レベルである 20 に上がった。
だから、当初予定していた通り、アステリアさんと共にトマの塔へ挑む。ここでの目標は、アステリアさんとの約束、そして、成長したブレイオが行くとどうなるのか?の確認だ。