本文
「イスタール 図書館に入りました。」
カイムさんたちと別れた後、俺とカナミーはイスタールの図書館へやってきた。目的は、ラフィに「言語(人類)」を得てもらうためだ。
ブレイオの時もそうだったが、「言語(人類)」を得る方法は簡単だ。言語について学べる本を見せながら読み聞かせすれば良い。
あとは、「世界知識」を含め、いろいろな知識を得てもらうことも目指す。
なお、場所については、「始まりの街」ではなく「イスタール」とした。これは、「始まりの街」の図書館には「消音魔道具」があるためだ。読み聞かせにならない。
「持ってきたよ。ユーさん、ラフィちゃん出して。」
「そうだな。まずはブレイオ召喚だ。」
俺は、ブレイオを召喚した。
「主人。ここは、図書館か?」
「そうだ。以前、ブレイオに行なったのと同じ読み聞かせをラフィにする予定だな。」
「心得た。だが、我は別の本を読んで良いか?」
「もちろん良いぞ。ただ、ラフィが困った時には助けてやって欲しい。」
「心得た。」
「ブレイオちゃん、良い子になったね。」
「そうだな。俺も念話を覚えたいと思うことはあるが、ダンジョン便りなんだよな。」
「アレね。テイマー職の補正が無いと厳しいよ。まぁ、ラフィちゃんなら、言語を覚えたら会話できちゃうかもしれないけれど。」
では、そのラフィも召喚しよう。
(何?ここ?)
「ラフィ。ここは本がいっぱいある部屋だ。お前と話をするための勉強をするぞ。」
(本、勉強)
「そうだ。まぁ、とりあえず一緒に読んで行こうな。」
(読む)
先ほど草原で行なった交流のおかげで、ラフィは意思を伝えられるようになった。久しぶりの副音声登場である。
なお、ブレイオの時もそうだったが、副音声は本人の声とは違う合成音声になっている。「伝信」っぽさを出すためか、ロボットのような声だ。
「ラフィが、技能 言語(人類) を習得しました。」
「条件を満たしたため、ラフィとの人語対話が可能になりました。」
そして、早くも副音声は役割を終えそうだ。いや、しばらくはレベル上げのためにお世話になるか…
身体構造が人類に近い魂体であるためか、いきなり人語対話が可能になってしまった。まぁ、こっちとしては、楽なので良いことと思っておこう。「伝信」での対話もブレイオで慣れているけれど。
「ラフィ。しゃべれるか?」
「… ん、声、出る …」
「そうか。これからもよろしくな。」
「ん。」
合図地していた時にたまに漏れていたのを聞いていたが、やはりラフィの声は、張りの薄い女声だった。清楚で大人しい印象だ。まぁ、今後剣や歌唱を扱うので、印象が変わるかもしれないが…
さらに読書を続け、ラフィは世界知識も獲得した。
では、ラフィと、今後の目標を決めるとしよう。言ってしまうと刷り込みに近いが、主人でもあるので、ある程度は同調してもらわないと困るからな。
「ラフィ。これからの話をするな。」
「これから?」
「俺は、本に書いてあったいろいろな場所を旅行したいと思っている。」
「旅行…」
「ブレイオも同じだ。外の世界を見て回りたいという夢があってな。だから、こうして一緒に旅をしているぞ。」
「そうだ。我は、主人と出会えたことに感謝している。」
「一緒… 旅…」
「そこで、俺は、ラフィとも一緒に旅をしたいと思っている。」
「一緒…」
「そうだ。ラフィは、外の世界を旅してみたいと思わないか?」
「旅は… でも、モンスター、いる…」
旅自体が嫌ということはなさそうだ。ただ、モンスターが怖いと…
おそらく、真理で得た記憶の断片に関係しているのだろう。そりゃ、モンスターに死ぬまでやられてるのだから、怖くもなるだろう。
「そうだな。この世界にはモンスターがたくさんいるから、退けられるくらい強くならないと旅ができないんだ。」
「ん。強くなるの?」
「だな。俺たちは、ラフィとも一緒に旅がしたいと思ってる。」
「一緒に… 旅?」
「そうだ。ラフィは一人じゃない。俺たちと一緒だ。」
「一人じゃない?」
ラフィが、俺の手を握ってきた。相変わらず、ふにふにしている。なので、俺も手に力を入れて握り返した。
「一緒だ。仲間だからな。」
「仲間…」
「ブレイオ。手を重ねてくれるか?」
「うむ。ラフィよ。我と共に強くなろう。そして、共に旅を楽しもう。」
そして、ブレイオの手も重なった。ついでに握ってもくれた。賢いな。
「ん。私、強くなる。旅、する。」
この時、ラフィは、ようやく自分の考えを持てたような気がした。手が冷たいのは相変わらずだったけれど、意思のようなものは感じられた。
その後は、引き続き読書に励んだ。カナミーが協力してくれる内に、大事な知識は得てしまおう!といった所だ。
「カナミーさん、今日は助かった。」
「こちらこそ、良い検証データが得られて満足だよ。」
「我も感謝している。有意義な時間だった。」
「私も。」
「おぉ、まさかお礼言われるなんて、凄いね!あたし、初めてだよ。」
召喚獣が、主以外の他の者に感謝を述べるのは、ゲーム的には珍しいことだ。ブレイオやラフィのように、言語を扱える程度に知能が高いモンスターは、本当に信頼できる相手でないと心を開かないらしい。
「そのようだな。それだけ、カナミーさんには世話になったということか。」
「ふむふむ。これも検証に挙げておくべきだね。それじゃ、育成がんばってね。」
こうして、カナミーと別れた。
明日からは、身体技能の育成を進める予定だ。なお、場所は、例によってソルットのビーチだ。安全に走り回れるからな。
それと、カナミーには、例によってラフィの魔法適性の測定もしてもらっている。それによると、「風」の適性が高く、その他は低いことがわかった。また、「月」の適性があるかもしれない?という話も聞けた。
そうなると、ネックは「魔法(月)」の習得だ。この属性、自己習得できるのは特定の種族だけなのだ。俺やカナミーが習得していないのはこのためである。
思い当たるのは、カイムさんへ協力を依頼することだろうか。狐獣人にはこの適性があるし、実際、上級まで育てているからな。
もちろん、「魔法(月)」の使えるモンスターを観察する手もある。ただ、低レベル帯には該当するモンスターがいないので、ラフィが危険なのだ。
「イスタールレストランへ到着しました。扉は木製の引き戸で、現在は閉まっています。こっちです。」
夕食だが、カナミーに紹介してもらったレストランへ向かうことにした。メニューは冒険者ギルドとほぼ同じなのだが、個室があるため、静かに食べられる、というのが理由だ。なお、ちゃんと施設として登録されているので、こうしてナビーに連れてきてもらえた形だ。
ナビーの先導に従い、扉に近づいた。そして、杖が扉にぶつかったら、取っ手を手で探して開き、中へ。ナビーに扉の種別まで教えてもらうように指示したが、今まで通りでも良さそうだな。
「いらっしゃいませ。こちら、イスタールレストランです。」
「旅の冒険者だ。3人で個室で食事をしたいのだが、入れるか?」
「はい。個室は空いております。盲人のようですので、連れて行きますね。」
「あぁ。それと、料理だが、パンとコーンスープとサラダのセットを3つ頼む。」
「承知致しました。後ほどお持ちします。」
受付で話した後、無事に個室へと案内してもらえた。個室は、本当に扉付の部屋になっており、扉を閉めると店内の雑踏音が消えてしまった。まさかの完全防音である。
個室の中は、テーブルと椅子が置かれていた。ボックス席でも掘りごたつでもなかった。だが、考えてみればこの世界は種族混生… サイズが固定の席を用意したら悲しいことになるのだから、独立したテーブルと椅子にするのが正しい姿だろう。
「何、これ?」
「パンとスープとサラダだな。ラフィは食べられるか?」
「ん。」
その後、程なくして料理が運ばれてきたので、ラフィとブレイオを再召喚、皆で食事とした。
「主人。今日は肉は食わないのか?」
「サラダに少し入っているが、今日はコレだな。ブレイオは肉が食いたかったか?」
「その必要は無い。どれも美味い。」
相変わらず、ブレイオは何でも「美味い」と言って食べるし、お肉が足りないなどの注文もしない。まぁ、召喚獣は食事自体が不要だからだろうけれど。
「ラフィはどうだ?美味いか?」
「スープ、温かい。パン、柔らかい。野菜、苦い、要らない。」
おっと。ラフィは野菜嫌いか。「樹木殺し」が付いていた影響だろうか?
「ラフィよ。野菜はそのまま食べると苦い。このドレッシングをかけると、甘味が増すぞ。」
「野菜、甘くなった。」
どうやら、ラフィは苦い食べ物が苦手なようだ。野菜をそのまま食べる意外で思い当たる食べ物が無いが、今後は気をつけるとしよう。
「ラフィは、もっと食べたいと思った食べ物はあるか?」
「パン。甘くて柔らかい。」
ん?もしかして、「好き嫌い」の判断方法は、「もっと食べたい」「また食べたい」という聞き方が有効か?
「そうか。ブレイオはどうだ?もっと食べたい物はあるか?」
「蜂蜜と、レモンの菓子だ。」
どうやら、合っているらしい。まぁ、これからもいろいろ食べさせようとは思うが、好物探しの参考になりそうだ。