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「ほ~い、アヤさんも連れてきたよ。」
「そうか。集まってもらって悪いな。」
「大丈夫だよ。明日のことについて話をするんだよね?」
アンデールの僕との戦闘、そして、ギルドでのあれこれをしていたら、結局、お昼を過ぎてしまった。
そこで、少し早いが、明日の動きについて確認をすることにした。アンデールの僕が言っていた「今宵の月が沈む時」がレイドの開始を示すのなら、その時刻は、この世界で「夜」が終了する時、つまり、朝5時を指していると言えるからだ。
「だな。まず、希望を確認しよう。明日、この地に残って戦うか?それとも、脱出するか?」
「え?脱出?そんなことしていいの?」
「どこに行っても生還できそうにない、あるいは、できることが無いなら、脱出も一つの選択肢に入るだろう。足手まといになるよりよほど良いからな。」
「ユーさん、相変わらず大胆だね。まぁ、どちらかと言うと、戦う覚悟があるかどうか?の確認なんだろうけれど。」
最初に決めること。それは、明日のレイド戦に参加するかどうか?だ。
俺としては、街を守りたい気持ちはあるし、わざわざアンデールの僕にマークされたのだから、参加する意味は大きいと考えている。一方で、普段通りの戦法ではおそらく生還できないだろうから、何か考える必要がある。
「言ってしまうとそんな感じだな。俺は、戦いたいと考えている。ただし、他の人々と足並み揃えて、というのは難しいと思うから、生還するつもりなら、どう動くかを考えておかないといけないだろう。」
「まぁ、そうだよね。ユーさんの能力って、こういうのにあまり向いていないのか。」
「そこで話を戻すが、アヤさんとリーネさんがどうしたいか、だな。一緒に戦うのか、別れるのか、そもそもここから去るのか… 希望が聞きたい。」
「私、戦いたい。この街、昨日から来てるけれど、とてもきれいで面白かったんだよ。それが壊されちゃうのは嫌だなって思うから。」
「そうか。ちなみにメタな話をすると、ここはダンジョンの中だから、3日後には消えるかもしれないぞ。」
「あ、そっか。じゃ、明日がんばって、明後日で、街をしっかり絵に残すよ。」
「この都市へ情が湧いた」という理由なら、それはそれでもいいと思う。ただ、「思い出をしっかり絵に残す」という方が、彼女らしいと思ってしまった。
「そっか。ここもダンジョンだったね。でも、そうだとしても、私も戦いたいと思うよ。」
「リーネさんもか。」
「この街のギルドには情が湧いちゃったっていうのもあるよ。でも、それは方便でもあるかな。モンスターの大集団や巨大モンスターと聞いて、戦いたいって思っちゃったんだ。」
リーネさん、戦闘民族の思考を持っていた。まぁ、未だにパーティを解体できない現状、リーネさんが離脱希望じゃなかったのは幸いと言えよう。
「わかった。じゃ、次に、どう動くかを決めよう。今回の大集団とボス攻略について取りまとめている参謀がいてな。その人と話をするために、俺たちの方針、少なくとも、できることをまとめておく必要がある。」
「あぁ、例の人ね。確かに、話をするなら、先にこっちで決めておくべきか。」
今回のイベントにて、俺は冒険者ギルドから「滅び草の人」と呼ばれているが、他にも固有の呼称をされている人がいる。その内の一人「参謀」が、このサーバー内での取りまとめと作戦の推進を担ってくれている。なお、以下のように、しっかり成果も出している。
- 迷宮都市の東西にある森、及び地下道エリアからのモンスターの侵入をシャットアウトすることに成功。これにより、大集団への対応に当たる人員を、都市の南北に集めることができた。
- 低レベル冒険者のレベル上げに成功。これにより、現地住民や生産職などの非戦闘員を街の東西へ避難させられるようにした。
- ギルドと連携しての「不足物資の補給」に成功。ダンジョンで稼ぎたい戦闘職プレイヤーをうまく誘導して、フィールドでの素材採集人員の護衛に向かわせたそうだ。
- 魔弾鋼武器の確保中。俺を含め、アンデールの僕の襲撃を受けた者からの情報を元に、プレイヤーの倉庫に眠っている武具を収集している。なお、死に戻りしたり、イベント外へ脱出したりすると、24時間は再入場できないそうなので、今から外へ買い出しに行くのは無理。
その後、俺たちは、できることや作戦を話し合った。そして、さっそく参謀の居場所へ向かった。
「薬草のユーさんだね。さっきぶり。」
「なんだ?その呼び方は?」
「あぁ、悪い悪い。でも、薬草の仕分けや滅び草、悪魔関連で凄く助かっているのは事実だよ。まさか、ポーションの不足が、仕分け人材の不足と、滅び草の影響とは思い至らなくてね。」
今話している相手が、件の参謀を務めているプレイヤー「リョーマ」だ。戦争や戦略級SLGを遊んでいた経験があり、この手のとりまとめに立候補したそうだ。なお、普段は斧で戦うアタッカーらしい。
「物資がうまく回っているなら何よりだ。それはそれとして、明日に向けて相談をしたくてな。」
「明日だね。つまり、君は残って戦うということでいいかい?」
「今のパーティメンバーとも相談して決めた。ただし、連携が取れるメンバーじゃなくてな。そちらから特に希望が無ければフリーで動きたい。」
「フリーで動くのはかまわないよ。けれど、君らの作戦を聞かせてよ。競合するのはお互いに損だからね。」
その後、俺は話し合って決めた作戦を伝えた。結果…
「なるほど。恐慌状態のモンスターを抑えるのに有効かもしれないね。それに、味方の邪魔にもならないか。」
「参加者に歌唱持ちはいるのか?できれば、その人と話を付けたい。」
「こっちで把握している限りだと該当なしだね。技能持ちはいたけれど、対集団で使えない、という判断だと思うよ。」
「なるほど。音量問題は、これを使う予定だ。錬金術店にあったものを、彫印で強化したそうだ。」
「おぉ、これはびっくりだね。設置はどうするのかい?」
「敏捷が160近いのアタッカーがいるから、置いて来てもらうことを考えている。召喚で何とかできればより安全なんだろうが、距離が足りないからな。」
「了解。可能なら、作戦の成否を報告してよ。フレンドチャットが確実かな?」
「だな。まぁ、報告と効果が出るのに時間かかりそうだけどな。」
1つめの作戦。それは、ラフィの氷歌「鎮静」を草原中に行き渡らせて、モンスターの動きを鈍らせることだ。
大集団には、一定数、恐慌や逆上などの状態で突っ込んでくるモンスターがいる。それを大人しくさせることで、殲滅が容易になるはずだ。
また、この作戦には、相手側に精神異常や歌唱系のバフ、デバフ等をばらまくモンスターがいた場合に、味方が受ける被害を抑える効果もある。
それと、「鎮静」を選ぶ理由には、安全性と維持コストの少なさもある。可能なら、ダメージのある「奪熱」や「吹雪」を歌わせたかったが、これを使うと、ラフィのMPが枯渇する。MPの回復手段は食用アイテムしか持っていないので、歌唱しながら使うことができないのである。
なお、ある程度距離を詰められたら作戦は終了。普通に、手近なモンスターを狩れるだけ狩って撤退する予定だ。たぶん、アタッカーによって狩られまくった残りを少し処理する程度になるだろうけれど…
「ありがとう。君もなかなかの策士だね。」
「生還しつつ戦闘に貢献するためだからな。正直、悪魔の方がどう来るのかがわからないのは厳しいが、そっちはなるようにしかならないか。」
「ダンジョンのあったエリアから出てくる可能性が高い、闇フィールドを作ってくるので魔法陣を発動して消す… くらいしか無いからね。」
「そっちは俺も聞いている通りか。もし、新情報があれば通達してくれると助かる。」
「もちろん。僕は負けるつもりなんて無いからね。」
「ちなみに、あんたはアタッカーにはなるのか?」
「レイドの終盤戦から入れば十分かな。今日だけでこれだけイベントが起きているんだ。ボスを正面から殴り倒させてくれるとは思ってないよ。それに、参謀が定着したせいで、誰も受けてくれなくてね。」
「ここまでやった人の後釜というのは重そうだな。ただ、適材適所とも言う。レイドが始まったら、ギルマスか都市長辺りに任せるのがスムーズかもしれないぞ。」
「あぁ、うん。住民の運用はそうか。考え特よ。」
その後、いくつか情報を交換した後、俺は宿に戻ってきた。
作戦決行に向けて、今日はもう寝るとしよう。