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「リーネさん。これ、地図です。」
「お、凄く良い地図だね。これなら、うまくいくと思うよ。」
「健闘を祈る。足元の氷と凍結攻撃には注意な。」
「確か、直撃したユーさんでも、完全凍結せず、すぐに対処できたんだよね。なら、大丈夫じゃないかな?マフラーも狩りているし。じゃ、行ってくる!」
ナザ島の地下迷宮を踏破した後、俺たちはリーネさんをホムクの試練洞窟へ送り出した。 N4 のエクストラボス「戒めの氷帝」をソロ狩りしたい!ラフィちゃんと同じ剣も欲しい!と主張してきたからだ。彼女はレベル40に至っているし、装備も第6マップ相当なので、氷で滑ったりしなければ何とかなると思う。
その後、いったんログアウトして、翌日のお昼… 俺とアヤは、カイムさんと共に、イール側からヒマラン大草原のボス空間に入った。目的は、アヤが手に入れた石板からの古式召喚だ。
「えっと、ありがとうございます。」
「ナザ島の調査ではこちらも世話になった。報いるのは当然のことだ。」
「それで、アヤさんは、奉納するものは決めたのか?」
「うん。えっと、ここに出せばいいのかな?」
その後、アヤが出したアイテムは以下の4点だった。
- 聖なる光の石: 聖魚ルトーの初討伐報酬。
- 霊布の胴衣: アインステーフで買えたらしい装備。妖精の服っぽい仕立てだそうで。
- 天使の小羽: 地に眠る光天使ナザの報酬
- アヤが描いた絵: 今日のために描いてきたらしい。海や花畑、森などの自然と、そこを行きかう人々、そして、その風景を楽しむ妖精を表現しているらしい。
「ふむ。光の幼妖精… といった所か。だが、あと一つはどうする?」
「私もわからないんです。ユーさん、何がいいと思う?」
「もう一転くらい武器か防具類があった方が良いと思うぞ。わかりやすいのは杖や指輪、ネックレスだろうな。」
「確かに、君と旅を共にするなら、戦う力、あるいは、守る力が必要だろうね。」
「そっか。じゃ、彫刻刀かな?魔法陣を描くのに使えるよね?」
「本来の魔法陣は、触媒である杖を通して出現させるものなんだけどな。」
「え?あ、そっか。じゃ、杖がいいのかな?でも、杖で魔法陣描いたこと無いよ。」
そういえば、彼女は彫刻刀で直接刻んで発動させているんだったか。いや、だんだんわからなくなってきた。
「なら、彫刻刀や刷毛のように、描くために必要な何かを使うのが良いんじゃないか?」
「うん。あったあった!イベントコイン15枚だから大丈夫だね!」
そういえば、アヤはイベント参加者だから、コインをもらっていたか。そして、イベントコイン15枚の描画系アイテムって、絶対に普通のアイテムではない。
「む!アヤよ。これは精霊銀だぞ!奉納して良いのか?」
「はい。精霊って付いてるので、召喚される子も、きっと喜んでくれると思います!」
精霊銀来ちゃった!というか、あの交換リストにあったのか!
そして、そんな超貴重品を迷わず奉納に突っ込むアヤ。きっと「余ったら種や装備に変えよう」みたいな感覚が無かったのだろう。あと、精霊銀の希少性をちゃんと理解しているのか気になる所だ。
「わ わかった。では、奉納するアイテムも決まったことで、これから儀式を始める!」
「おっと、ちょっと待ってくれ。ブレイオと、ラフィに用があったんだ。召喚っと…」
いよいよ召喚… という所で、ブレイオとラフィの助けを借りることにした。というのも、先日、ラフィが「ユー、心、強い。心の弱い者には従わない」みたいなことを言っていたからだ。
「ん?ここは… 草原?」
「ここで、アヤさんが持っている召喚石から召喚を行なうんだ。確か、召喚された時に、心の強さがどうとか言っていたよな。それについて、詳しく教えて欲しい。」
「ん?あっ、わかった。」
「心の強さ?」
「ん。アヤ。私、召喚された時、ユーの心を見た。心が弱い者に従うと、寂しくなるから。」
詳しく聞いてみると、どうやら真理テキストの影響か、召喚されたラフィは最初、恐怖や恨み、寂しさといった感情を強く抱いていたようだ。このため、持ち主に対し、それを受け入れ、癒してくれることを期待して、自身の思念をぶつけるらしい。そして、その思念を受け入れてくれない相手だと悟ると、従うことをあきらめたかもしれない… とのことだ。
「そうだったんだ。ラフィちゃんの誕生に、そんなことがあったんだね。」
「でも変だな。俺は、普通にラフィと語ろうとしただけだったし、恐怖みたいなものは特に感じなかったぞ。まさか、真理か?」
「違う。ユーは、すぐに手を握ってくれた。それが温かくて、柔らかかった。それに、一緒にいてくれた。」
「ラフィの思念か。主人の握っていた手に流れていたぞ。だが、主人からも思念がラフィへ流れていた。それで相殺されたのだろう。」
どうやら、思念とやらを、俺は無意識にラフィに流していたらしい。あるいは、俺が語り掛けていた時に一緒に流していたか、ラフィが自ら吸い上げていたのかもしれない。
そういえば、初めてラフィに触れた時に「冷たい」と感じた。それはつまり、ラフィも同様に「熱い」という感覚を俺から感じ取ったのだろう。それが、一種の思念だったのかもしれない。
あとは、手をにぎにぎしていた時かもしれない。ラフィは、手だけでなく体や腕などもにぎにぎしていたので、感触を楽しんでいるのだと思っていた。その行為には、違う意味もあったのだろうか?
まぁ、いずれにしても、どうすれば良いのかはわかった。そして、アヤなら問題無いだろう。
「なるほど。要は、愛を持って仲間として迎え入れる度量があれば… といった所か。なら、アヤさんは大丈夫だろうな。」
「え?何何?どういうこと?」
「どんなモンスターが召喚されても、臆せず語り合う意思を持て、仲間として受け入れろ、ということだな。あとは、子供と接する時の作法みたいなものだろう。」
「う~ん、よくわからないけれど、召喚される子と、やりたいことは決めているよ。それを伝えてみるね。」
「ん。アヤ、がんばって。私も、助ける。新しい仲間だから。」
その後、ついに召喚が始まった。
俺が聞くのは3度目になる、召喚演出が始まった。
「わ!何か見える。出てきてる!」
「ラフィは、懐かしさみたいなものは感じるのか?」
「ん?それは違う。でも、私、同じように出てきたの?」
「俺にはわからないな。ブレイオ、どうだったんだ?」
「ラフィが導かれる時に似ている。だが、巡っている力が違う。」
「今回は、光の力と、妖精に引っ張られているからだろうな。いずれにしても、同じ召喚石であっても、結果は似て非なるもの… ということか。」
「召喚石より 光の幼妖精 が誕生しました。」
その後、無事に召喚は終わり、上記の通知が聞こえてきた。洋名は「ベビーライトフェアリー」といった辺りだろうか。
こちらはアヤ…
召喚石から出てきたのは、小さな妖精のような子だった。動画で見せてもらった、生まれた頃のラフィちゃんよりも小さいが、愛らしさを感じる。
さっそく鑑定すると、その子は「光の幼妖精」というモンスターだった。種別は、「妖精」になっていたので、本当に望んでいた子が生まれたんだと思う。
名前: 光の幼妖精
種族: 光の幼妖精
種別: モンスター・妖精
レベル: 0
状態: 正常
説明: 聖なる光を子のみ、取り込むことに最適化された精神体。人に似た姿を取っている。
体力: 4
魔力: 7
筋力: 2
防御: 4
精神: 5
知性: 7
敏捷: 4
器用: 6
技能:
適性: 描画1, 彫刻1, 魔法(光1, 治療1)
技術: 伝信1, 魔力操作1, 浮遊1
支援: 光の心
特質: 召喚体, 幼妖精, 幼体
装備:
精霊銀の彫刻刀, 霊布の胴衣
妖精に近づいて話しかけた。まずは挨拶だ。
「生まれてきてくれてありがとう!私はアヤだよ。よろしくね。」
「…」
「あ、しゃべるのは難しいんだっけ?じゃ、今は話だけ聞いて欲しいな。」
ユーさんの話では、「伝信」の技能があれば、考えていることを伝えられるそうだ。だが、本を読むなどして、人の言葉を学ばないと話ができない、と聞いている。確かに、言葉を知るのはこれからなのだ、仕方ないだろう。
「えっとね。私、いろんな絵を描くのが好きなんだ。例えば、こんなのとかね。」
地面に絵を描いて見せた。これは、今見えているこの子の絵だ。
「…」
「あ、笑ってくれた。でもこれ、似顔絵だよ?」
「…」
「私ね。いろんな所に行って、いろんなものを描きたいんだ。」
「…」
「それで、良かったら、一緒にいろんな所に行って、一緒に絵を描いてみたいって思っているんだよ?」
「…」
「それと、友達になって欲しいんだ。きっと楽しいよ。」
「…」
妖精は、私が描いた絵と、私とを交互に見ている。まだ言葉はしゃべらないけれど、表情はいろいろ変わっている。面白そうだと思ってくれたらいいな。
「あ、そうだ。悪手しようよ。友達は握手するんだよ。」
妖精の手を取って、握手した。すると、最初に、ちょっと奇妙な感覚を感じたけれど、すぐに収まった。
握手してわかったけれど、この子の手は、私よりも温かい気がする。光は、熱を生み出すものだからかな?
「ねぇ。どうかな?友達になって欲しい。そして、一緒にいろんな所に行って、描こうよ?」
「…」
「あ、こっちの手も?いいよ。」
妖精は少し笑った気がした。そして、もう一つの手も出してきたので、私は両手で握った。やっぱり、こっちも温かい。
「名前、メイレンって呼んでいいかな?」
「…」
「光の幼妖精 の名前が承認されました。」
「ありがと、メイレン。これからよろしくね!」