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「ユー様、おはようございます。」
「おはよう、ナビー。今日は、ニノンの村を観光するぞ。」
「了解しました。それでは、ニノンの村へ転移します。転移ゲートはこっちです。」
リョーマ達と別れた後、俺はトマの塔のギルドでログアウトしていた。というのも、浄化依頼と薬草の仕分け依頼に捕まってしまったからだ。例の人員不足イベントがまた起こっていたようだ。
で、今日はアヤたちとニノンの村を観光する予定だ。とはいえ、第2マップの村なので、フラフラと散歩して終わりだと思う。
「ニノンの村 に入りました。」
「あ、ユーさん、おはよう。時間ぴったりだよ!」
「ユー、来た。」
「アヤさんと… えっと?」
「メイレンちゃんだね。昨日、対話ができるようになったんだよ。」
「なるほど。メイレン、おめでとう。」
「うん。ユー、今日は、よろしく。」
聞きなれない子供の声は、メイレンのものだったようだ。そして、もう村中でメイレンを召喚しているらしい。
では、俺もブレイオとラフィを召喚しよう。人類3、モンスター3の6人構成になるので、バランスが取れるのではないだろうか?
「ここは、先日入った村か。」
「ん?メイレン、様子が変わった。進化した?」
「うん。育ててもらった。進化、まだ。」
「召喚モンスターもこれだけ集まると賑やかだね。」
「系統が似通っているからなおさらだな。」
「そういえば、ユーさんは獣や鳥、虫、魚系のモンスターをテイムしたいと思うことは無いのかな?」
「念話があるから、話はできるんだろうな。だが、パーティ枠の話もあるし、俺は使役職じゃないから、増やすのにも無理がある。」
「そっか。鳥とか、ユーさんが空飛べるようになるよ?って思ったんだけどね~。」
「それは遠慮しておくぞ。俺は自分の足で旅がしたいからな。」
俺の中では、このゲーム内で空を飛ぶ予定は無い。なぜなら、自分の足で歩き、触れられる物に触れて回るための旅行を望んでいるからだ。
そして、俺に言わせると、「空には何も無い」である。鳥のような生物を除くと、空には、俺が触れることのできる、言い換えると、認識できる物体が何も存在しないのである。鳥にしても、イベントに関わる鳥やモンスターなら、あっちから降りてきてくれるのだから、その時に触れれば十分であろう。
そんな話をしつつ、俺たちはニノン村の観光を始めた。
とはいえ、ここにある施設は、宿屋、武具屋、雑貨屋の3つであり、しかも、宿屋がたくさんあるらしい。というのも、洞窟を挟んだ西側が「商業都市ウェビン」なため、行きかう住民の休憩所のような立場になっているからだ。
「お、露店があるよ。肉や野菜を焼いているみたいだね。」
「いい匂いだね。おなかすいてきちゃった。」
「ん。パンもある。」
ということなので、半分くらいは露店巡りになった。
一応、雑貨屋では、MPポーションや魔力草、ドライフルーツの補充を行なった。これは、技能のレベル上げに必要だからである
露店で見つけた面白そうな食べ物としては、以下のものがあった。
チーズ:
種別: 食材
説明: 牛乳を加工した食材。直接食用することも可能。
ニノンサンド:
種別: 食材
説明: ニノンの村で名産物とされている料理。片手で持てるサイズのパンに、乾燥させた肉、野菜、チーズなどが練り込まれている。
どこかに牛がいるらしい。それと、商人や旅人が手軽に食べられるような、サンドイッチ状のパンも売られていた。
なお、購入した食料は、串焼きも含め、やや甘味のある味付け、且つ、水分は控えめだった。湿っぽい洞窟の中で食べやすいような配慮なのかもしれない。
それはそうと、こうして村中を歩き回った印象としては、建物が多く、人も多そう… ということだった。ミーミの村で聞こえた金槌の音や、ヒッツの村やキトルの村で聞こえた鳥の声の類が少ない。畑はあるのだと思うが、少なくとも今通っている辺りには草が風で擦れる音がしていない。
「あ、たぶんコレだよ。」
「そうみたいだね。ユーさん、お待たせ。」
と、前を行くアヤとリーネさんが言っていた「行きたい所」に到着したようだ。どうやら、俺を連れて来たかったらしい。
「えっと、ここは…」
「ここは、最近オープンしたという温泉だよ。今日は、ここにみんなで入ろうと思ってね。」
「え?温泉?」
初耳だった。洞窟が必要なほどの山があるのは知っていたが、温泉が湧いてきたのだろうか?
「あれ?ユーさん、把握してなかった?珍しいこともあるね。」
「いや、俺でも知らないことはいっぱいあるぞ。あと、俺の知識というよりは、先人たちの知識だからな。」
「そう言ってたね。とにかく、入ろうよ。」
(ナビー。ニノンの村に温泉なんてあったか?)
(情報の取得に成功しました。この宿は、7日前に開店した温泉宿 渡り人の泉映 です。温泉は、旅人の望む風景を映し出すとされています。)
どうやら、新規オープンの温泉らしい。「渡り人」というのは、この村が商業都市と繋がっているため、人の往来が多いことを表しているのだろう。
いや… 望む風景を映し出す… というイベントを、俺は経験したことがある。それと7日前… まさか!
とりあえず、実態は入って確かめてみよう。ということで、なぜか俺が最初に入ることになったので、ナビーの先導に従い、温泉宿へと突入した。
すると、手に布っぽい物が引っかかったが、すんなりと入ることができた。どうやら、入り口は空いているか、開けっ放しになっており、手に触れた布っぽい物は暖簾だったようだ。
「いらっしゃいませ。えぇと、初めての方ですね?」
「俺はそうだな。後ろの二人は二度目かもしれないが…」
「あぁ、私たちも初めてだよ。」
「だそうだ。」
「はい。こちら、初めての方にご案内している割り符となります。今後、入店される際にお持ちください。」
入口で手続きをしようとしたら、いきなり「割り符」なる物体を渡された。とりあえず触鑑定してみる。
泉映の割り符(ユー):
種別: 貴重品
説明: 温泉宿「渡り人の泉映」の名と共に、プレイヤー名「ユー」が刻印された木製の割り符。
運営より:
イベント「新たな始まりを告げる塔の謎」にて、特定の条件を満たした者へ付与されています。イベント中に解放したコンテンツも継承されています。温泉をお楽しみください。
どうやら、イベントで利用した温泉を、そこまで行けないプレイヤー向けに開放したようだ。アンデール戦でやらかして復興に失敗したプレイヤーは転移できないらしいので、その救済策も兼ねているのだろう。
後日、まとめウィキを調べた結果、上記の認識で合っていたようだ。なお、「割り符」がもらえる条件は、「イベント参加者兼、温泉の利用経験者」であるらしい。また「割り符」が無くても利用はできるが、選択、及び購入できる風景コンテンツが、「実際に踏破したことのある場所」の影響を受ける上、新規にゲーム開始した直後だと、入店自体ができないそうだ。
「ぬ?ここは、なんだ!」
「え?な 何これ!砂漠だよ!しかも、日光凄い!」
「なるほど。これはダイレクトに来るな、というか、HP減るのな。」
「あぁ、ユーさん、燃焼してるよ!」
「え?ほ 本当だ!ど どうしよう!」
「あ、森のお風呂になった。」
ということで、俺たちは温泉に突入したのだが、ちょっとやり過ぎた。
先日、 W8 の村の温泉に、アインステーフのコンテンツが引き継がれることを知った俺は、拡張コンテンツ類を大人買いしていた。で、「Desert 3D + Day + 音響効果 + 触覚再現 + 環境効果再現100%」を有効にしてみたのだが、水着で昼間の砂漠に入ったのと同じ状態なため、燃焼してしまったようだ。
「ユー。不思議。地面に草も木もある。」
「迷宮都市の温泉では正面だけが森だったよね。でも、これは完全に森の中にある天然温泉だよ。」
「ユーさん、ひどいよ~。入ったらいきなり砂漠になって燃えちゃうんだもん。」
「それはすまなかった。メイレンは大丈夫だったか?」
「大丈夫。光、凄かった。」
「ん。砂漠の光、痛かった。」
そういえば、ラフィは強い光だと弱体化するんだったか。となると、寒さ対策して夜の砂漠を進む… というのが正解か…
その後は、俺が購入したコンテンツをいろいろ楽しむことになった。
「わ!滝だ。大きい!」
「でも、温かいよ。お湯の滝なんて、初めてだよ。」
「え?あ、本当だ!水量凄いけど、滝湯だね!」
滝と池があり、本当に滝湯になる「Waterfall」。ちゃんと滝の心の修行もできるらしい。「のぼせ」中位だけれど。
「アヤさん、なんで、この浴槽溶けないのかな?これ、お湯だよね?」
「私もわかんない。けれど、ダンジョンみたいに、溶けた所から凍っているんじゃないかな?氷に近い所が冷たいし。」
「確かにダンジョンと言われたら納得するしかないけれど、こんなの選ぶなんて、さすがユーさんだと思うよ。」
「あ、ごめんなさい。私が、氷の温泉って気になったからお願いしちゃったんだ。」
「犯人はアヤさんだったか~。あ、ユーさんもこけた。これで全滅だね。」
「ツルッツルだよね。私もダメだったよ~。氷にぶつかって、痛かった。」
「主人でも転ぶほどの氷。これは修行に使えるか?」
氷の浴槽と氷の床でできた「IceField」。フィールド探索を試みたが、滑って転んでしまった。なお、地上を歩かないメイレンを除く全員が同じく転んでいる。
「あ、花びら落ちて来たね。」
「本当だ。桜かな?あ、消えちゃった。」
「私は初めて見たよ。似たような色合いの花はあったと思うけれど、モンスターが出る森だったから、のんびり見ている余裕は無かったかな。」
「メイレンはどう思う?」
「うん。お花、いっぱい。明るい。」
「あ、そうだ。これ描いて…」
「ほどほどにね。のぼせちゃうから。」
「あぁ!そっか!」
現在の季節に対応する風景を映すらしい「Season」。アヤが言うには桜が咲き乱れる公園になったらしい。
「ユー。手、こっち。」
「お、これか。小さな花びらがいっぱい付いてるな。」
「ん。花、柔らかい。」
そして、子供サイズの桜の木もあったので、直に木や花をいじることができた。普通、こんなことをすると花びらがもげてしまうのだが、ダンジョン的な何かで再生するので、自由に触ることができている。
今年の4月はゲームに費やしたのでリアルでの「花見」の誘いは断ったわけだが、代わりに、本当の意味での「花見」をできた気がする。もちろん、仲間と語り合うのは楽しいが、肝心の桜を拝む機会が、「どこからともなく飛んできた花びらが服や顔に当たる、場合によっては食べ物と一緒に口に入る」という微妙なものだからだ。
なお、課金項目に「のぼせの無効化」という項目もあったのだが、買わなくて良かったと思う。俺が買わなかったのは、その効果の有用性から、他の項目より金額がはるかに高かったからだが、今、新たな理由ができた。
今回、いろいろなシーンの温泉を体験したわけだが、これでも全シーンの10%にも満たなかった。もし、「のぼせ無効」にして、彼女の望むがままに描かせたら、一週間くらい、浴槽から出られなくなるかもしれない…