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午前中から温泉を満喫したので、午後は自由行動とした。急ぐ用事があるわけでもないし、温泉に入っちゃったので、一日くらいのんびりするのも良いだろう。
ということで、この日、俺は畑の雑草刈りや、薬草の仕分けをして過ごした。
「ニノンの村 雑草エリアに到着しました。」
「ユー。また、歌うの?」
「いや。今回は剣などで直接刈ろう。やってみるから、見ていてくれ。」
俺は、両腕に「腕刃」を纏って畑に突撃、雑草をばっさばっさと切り刻んでいった。
「わ!雑草、どんどん切れる!」
「こんな感じだな。ラフィもやってみるか?」
「ん。やる。」
「じゃ、手分けして切って行くぞ。ぶつかると危ないから注意な。」
その後、ラフィと分担して、畑1面分の雑草を刈り尽くしたのだった。10分もかからなかった。
「ユーさん、それ、好きなの?」
「ん?両腕で雑草を切り刻むのか?けっこう楽しいぞ。」
「ユーさん、たまに子供っぽくなるよね。私より年上だと思うんだけどな~。」
「俺は旅行と遊びを楽しむためにこの世界に来ているからな。あと、雑草狩りなんかは、遊ぶくらいの気持ちでやった方が良いと思わないか?」
「あぁ、うん、そういう考え方はあるのか。まぁ、単純作業だもんね。」
「そういうリーネさんも、やってみたらどうだ?あんたの剣術なら、面白いこともできると思うぞ。」
「雑草刈りね~。言われてみると、長らくやっていなかったか。」
こうして、雑草刈りにリーネさんも巻き込んでみた。その結果…
「衝波!双衝波!俊剣!どんどん行くよ!」
そんな声の後、彼女のいた辺りからぼわっとした音がした。どうやら、遠距離攻撃と速さを駆使して、雑草を薙ぎ払っているようだ。
結局、俺たちは畑8面分ほどの雑草を刈り尽くした。彼女は、一人で3面ほど刈ったようだ。
「お疲れ様だ。けっこういろいろな技を使ったみたいだな。」
「ユーさんがわざわざ雑草を刈っていた理由が少しわかった気がする。気づいたら雑草を全滅させていたなんて、予想外だったよ。」
「たぶん、大量の雑草をズバンとやった時の感覚や、舞い散る草の音なんかが心地よいんだろうな。しっかり切ったという感覚もあるし。」
このゲームのクエストで出てくる雑草は、なぜか畑一面に群生している。そして、クエストをこなしても、数日すると常時依頼として復活する。ゲーム世界のご都合主義というやつである。
「あ、ユーさん、おはよう。」
「ん?アヤさんか。おはようだ。」
「うん。リーネさんから聞いたよ。畑の雑草を刈り尽くしたんだって。」
「そうだな。アヤさんは何をしていたんだ?」
「メイレンと散歩だよ。いい風景がいっぱい描けたんだ。」
どうやら、アヤはスケッチに興じていたらしい。結局、温泉でもギリギリまでスケッチしていたわけだが、相変わらず凄い情熱である。
「さて。今日はニノン洞窟を抜けようと思うんだが、良いか?」
「うん。商業都市だっけ?それに、ちゃんとした洞窟を通るのも初めてなんだよ。」
「だな。ホムクの試練洞窟も洞窟ではあったが、けっこう違うらしいぞ。」
「ユーさんたちは初めてか。ホムクはダンジョンだから、ぜんぜん違うと思うよ。」
ということで、俺たちはさっそくニノン洞窟へと向けて歩き出した。
「W2 ニノン洞窟へ入りました。」
「あ、さすがに暗いんだ。」
「まぁ洞窟だからね。所々に隙間があって、光が入ってくるから、暗視辺りを持っていれば問題無く通れるんだけれど、普通は松明なんかを持ち歩くものだよ。」
「あえて暗い中を進んで技能を育てる者もいるらしいな。それで、アヤさんはどうする?」
「ニノン洞窟」は、その名の通り洞窟なので、松明などの使用が推奨されるフィールドだ。一方で、出てくるモンスターに危険なものが少ないため、あえて暗い中を突き進み、「暗視」や「直観」、「索敵」などの技能を育てるプレイヤーも多いそうだ。
「え?暗いと不便だから明るくしようよ。えっと… あった!浮遊照球!」
「浮遊照球、持っていたんだな。」
「うん。だって、松明持っていたらうまく描けない時があるじゃん。というか、ナザ島でも使ってたよ?」
まさかの浮遊照球が登場した。まぁ、俺が要らないだけで、便利なのは確かだ。印術師なら、発光する何かを召喚して浮かせるだけで代用できるんじゃ… と思ったが、それには触れないでおこう。
「アヤ、明るい。それ、光?」
「そうだよ。あ、メイレンも光ってるんだね。」
「確かにメイレンちゃんも光ってたか。これなら、浮遊照球が届かない所にも飛んでいけば明るくできるね。」
「本当だね。メイレン、あそこに飛んでみて?」
「うん。」
「お、ちゃんと明るくなった。浮遊照球って、あまり遠くへ動かせないから助かるね。」
どうやら、メイレンは「光の幼妖精」だけに、自らも発光していたようだ。となると、最初から真っ暗な中を歩く必要は無い。暗視等の訓練にならないのだから。
ただ、ブレイオやラフィには、暗視が生えていた方が良いかもしれない。今度、一人でこもることも考えるとしよう。
さて、そんなニノン洞窟だが、以下のモンスターが出現する。
洞窟コウモリ: ホムクの試練洞窟にもいたコウモリ。ただし、レベル1桁なので、体当たりくらいしかしてこない。
ゴースト: 闇系の魔法で攻撃してくるゴースト。昼間は出現率が極端に低い。
シーフラット: ミーミ平原にもいた、アイテムを盗むネズミ。松明に誘われて寄ってくる。
ゴブリン: 始まりの草原にもいた普通のゴブリン。レベルが上がっている。
ビッグアント: 始まりの草原にもいた蟻。隙間から入ってくるという設定らしい。
いたずらトカゲ: 昔、ダンジョンで倒したことのあるトカゲ。強くはないが逃げる性質がある。逃がさず狩りたい場合には、2人以上で戦闘し、前後から挟み込むことが推奨されている。
極論、ゴーストの処理と、ゴブリンとガチンコできる耐久力があれば、突破は容易だ。その代わりに、左右が壁で囲まれており、且つ、分岐路も存在しないため、「来たものをなぎ倒しながら進む」というのが、このニノン洞窟である。
「コウモリが2匹いるね。」
「コウモリか。そのままだと厳しいな。波系はたぶん、使う前にコウモリに突撃されるだろうし。」
「じゃ、倒しちゃう?」
「あぁ、いや。ラフィ、氷縛だ。翼を冷やせばどうにかなるだろう。」
「ん。氷縛!あ、地面に落ちた。」
「お、いいね、それ。メイレンちゃん、がんばって。」
そんな具合に、進みながら、襲ってきたモンスターをメイレンに戦わせていった。なお、相手が素早いなどの理由でメイレンが捉え切れない時には、ラフィにデバフをかけてもらった。
それと並行して、俺は洞窟の中を触れて回っていた。
地面は踏み固められた土だったが、壁は石だったり土だったり、木だったりした。どうやら、部分的に森の中に通っているトンネルのような場所があるようだ。「隙間があって光が入ってくる」という話があったのは、この影響だろうか…
「ん?この壁、隠し通路になっているようだ。」
「え?そこの土っぽい壁?」
「だな。おくたん、採掘だ!」
そして、壁に触れていたら、たまたま隠し通路に繋がる壁が出てきた。鑑定したら「幻影の土壁」と出たからだ。
程なくして、触れていた壁はガラガラと音を立てながら、下に引っ込むように消えていった。
壁の向こう側にあったのは宝箱だった。ただし、その中身は「ハイポーション3個」だった。確かに、第2マップの時点で手に入るなら有益なのはわかるが、第4マップで売ってあるし、既に10本くらい持ち歩いているんだよな。
まぁ、まとめウィキによると、ニノン洞窟の隠し宝箱に、絶対欲しい類の物は無い。一か所だけ技能書が入っているらしいのだが、それも「疾走の技能書」なので、大半のプレイヤーは売って資金にするらしい。だって、浜辺で走っていれば勝手に生えるのだから。
そんなことをしていたら、突然、通知があった。
「ワールドアナウンス!北の第11マップが解放されました!」
「え?今のは…」
「ワールドアナウンスか。イベントの後に開放するという話を聞いていたが、どうやら成功したらしいぞ。」」
以前、カナミーが言っていた、第11マップの解放が適ったようだ。つまり、N10のフィールドボスがプレイヤーによって討伐されたということになる。
「ん?二人とも、どうかしたかな?」
「リーネさんには掲示の類は無いんだな。どうやら、異人側の開拓範囲が広がったらしいぞ。北の方だ。」
「あぁ、なるほど。久しぶりだね~。」
まとめウィキの情報だと、マップ開拓系のワールドアナウンスは、現実で3カ月以上も前のことらしい。となると、ゲーム内では一年ぶりということになるのだろうか…
「北だよね?何があるんだろう?」
「俺もよく覚えていないんだ。ただ、北端には近いのではないか?と言われているな。」
「世界の果て?それ、見てみたい!」
「そのためには、もっと強くならないとな。もうすぐメイレンも進化だろう。」
「うん。がんばる!」
「世界の果て」とは、確かに興味はある。
この世界が丸いなら、マップの南端へと繋がっていることになる。だが、箱庭タイプの世界だった場合は、北端には、それ以上進めないようにするための境界があるはずだ。
そんな未来へ楽しみを抱きつつ、俺たちは洞窟を進んで行った。