本文
「あ、服屋だ。ちょっと入っていいかな?」
「服屋か。まぁいいんじゃないか。朝のギルドは混雑しているだろうから。」
「私も行こうかな。最近の流行りとか気になるし。」
冒険者ギルドへ向かって歩いていたのだが、どうやら、女性陣は服が気になるようだ。そういう観光も目的なのだからかまわないと返したら、二人ともいなくなってしまった。
「主人は、入らなくて良いのか?」
「必要な服は持っているからな。それに多過ぎても扱い切れない。だが、ブレイオとラフィは服を変えたいか?」
「我も不要だ。主人に与えられた服で満ち足りている。」
「ん。私も。この服がいい。」
俺が現在持っている服は、以下の4種類だ。なお、ブレイオとラフィにも、だいたい同じ用途の服を用意してある。
- 戦闘時の装備。俺の場合は武道着。
- テントや布団で休む時に着用する寝巻。ブレイオとラフィは送還するので無い。
- 海やお風呂で着用する水着。
- 防寒着。俺の場合はマント。
今の所、それ以外の服の必要性を特に感じていない。理由は以下の通りだ。
- アバターからは汗や皮膚赤の類は出てこない。このため、外から汚されない限り、着心地が悪くなるようなことが無い。
- 服が汚れた場合には、魔法で洗ったり浄化したりすれば良い。それで落ちない場合は「耐久値」が減っている状態なので、お店で治してもらえば解決する。
- 戦闘をする予定が無くても、戦闘用の装備を身に着けている人は一定数存在するらしいので、今の服で問題は無い。「慣れているので落ち着く」や、「装備効果が便利」、「冒険者ギルドを利用する時の体裁が良い」などの理由がある。
- 服に関心があるわけではない。そうなると、服を変える目的が、「他者からの印象」という底なし、且つ、日々移ろう評価のために注がれることになる。そして、俺はその悩みを楽しいとは思わない。
とりあえず、ただ棒立ちするのも暇なので、ブレイオとラフィに露店を探してもらうことにした。パーティを組んでいるアヤなら、俺の場所が探せるので、少々離れても大丈夫だろう。
「主人。串焼きがあったぞ。」
程なくして、ブレイオが串焼きの露店とやらを発見してくれた。
朝食を食べたばかりではあるが、せっかくだしつまんでみるとしよう。ブレイオに連れられて、露店へ向かった。
「いらっしゃい。今は鶏肉や豚肉がお勧めだよ!」
「なるほど。なら、その鳥と豚を6本ずつ良いか?」
「あいよ。味付けはどうする?タレ、塩、香草があるよ。香草はスパイシーね。」
「鳥はタレ、豚は香草で頼む。」
串焼きを紙皿で受け取り、ブレイオ、ラフィと分けて味わった。
香草焼きは、辛口のカレー並みに辛かった。だが、豚肉が引き締まった感じがあり、良い組み合わせだと思えた。
「うむ。美味い。」
「ん。鶏肉、甘い。豚肉は、不思議な味。」
「スパイシーな香草だからな。ちょっと辛いと思うが、ラフィは食べられるか?」
「ん。問題無い。」
ブレイオやラフィにも好評だったようだ。
「ん?魔法の指輪がある…」
「こちらでは、最近ダンジョンから出土したアイテムを売っております。」
「なるほど。手に取って鑑定させてもらっても良いか?」
「かまいませんぞ。」
串焼きの後は、おじいさんっぽい商人のお店で、魔法のアクセサリー類を確認。結果、MPの最大値が増加する「魔法使いの指輪」が購入できた。メイレンの役に立ちそうだし、俺やラフィが付けても良い優良アイテムだ。
「おぉ、ところでお客さん。この防具、引き取ってもらえますかな?」
と、お店を離れようとしたら呼び止められた。で、手渡されたのはこんな防具だった。
仙人掌マント:
種別: 防具・マント
説明: 特殊な繊維で編まれた魔法のマント。装備者が襲撃を受けた時、抗うことを助ける。
性能: 物理防御10, 魔法防御8, 耐久値: 1000/1000, 不意打ち抵抗
品質: 6/10
価格: 21210p
「不意打ち抵抗」とは、不意打ちを受けた時に攻撃力やクリティカル率などが上昇する効果だったはずだ。また、それが接触攻撃だった場合に、ダメージの一部を反射するそうだ。仙人掌だもんな。
ただ、まとめウィキでは「使いずらい装備」とされていた。主な理由は以下の通りだ。
- 感知系の技能があると、そもそも不意打ちを受けにくくなるため、効果発動の機会が乏しくなること。
- 不意打ちを受けると、被ダメージが増えたり、防具の防御力を一部貫通したり、追加効果を受けたりすること。このマントに、それらの効果を軽減、あるいは無効化する機能は無いため、有効活用する前に着用者が死に戻るリスクが付きまとう。
- 不意打ちを受けた結果、HPが0になった場合、マントが持つ効果は発揮されない。このため、HP全損を引き換えに強力な攻撃を反射したり、起死回生を図ったりするような戦略には組み込みずらい。
- 見た目が良くない。背中にトゲトゲした何かを背負ったような外見になるらしい。しかも、例によって、見た目を改造すると、メリットの効果が低下する。
つまり、「効果は良いが滅多に機能しないし、そもそも発動する状況が危険すぎて無理」という話なのだ。
一応、「致命の指輪」のように、死亡を回避する手段を組み合わせる手段との併用は考えられる。このため、ギミック性の強い特定のクエストやボス戦などを突破する際の保険として使うプレイヤーがいるらしい。
でもこれ、文面通りなら俺が装備したら、有効に活用できるのではないだろうか?と考えている。理由は、これがマントなことだ。
俺は、今でも防具の耐久値の回復を必要としている。このことから、「正々堂々」や「真理」による防御効果は、身体の外側、つまり、装備品には及んでいないことがわかる。
そして、仙人掌マントは、服の上から装着する防具だ。このため、不意打ちを受けた時、仙人掌マントの効果が発動した後に、正々堂々や真理による削減効果が発揮される可能性がある。
さらに、このマントだが、耐久値が異常に高い。「不意打ちを受ける」ことが前提になっているからだと思うが、数値だけなら第9マップ産のスペックだ。当然、俺が着用しているあらゆる装備よりも高い。よって、街のお店でケアしてさえいれば、破損することなく使えるだろう。
あとは気になるマントの手触り。だが、表面はやすりのようにざらついているが、トゲトゲした感触はなかった。効果発動時に生えてくるのかはわからないが、常時トゲトゲしていないのは助かる。昔、遠足で訪れた植物園の一画「サボテンパーク」で悲劇があったからだ。
こうして、甲羅ヘルム、シザーグローブについで、第3の奇抜装備を手に入れてしまった。しかも、今回はマントなので、けっこう目立ちそうだ。ちゃんと、街では外すように心がけるとしよう。
「ユーさん、お待たせ~… え?何何!何か背中から生えてるよ!」
「ま~た変な物仕入れてるよ。せっかく甲羅ヘルムから卒業させてあげたのに、ハサミなんて持ってくるし、どうして変な物ばかり身に着けるのかな?」
「掘り出し物を拾ってな。効果は要検証だが、うまく行けば戦力になると思っているぞ。」
「いやいや、それ知ってるからね。誰も使う人いないって有名なマントだよ。だって、不意打ちを前提にするなんて… あれ?ユーさんだとリスク無く使える?そんな理不尽あるわけないよね?」
「それとアヤさん。見た目は知らないが、トゲトゲはしていないみたいだぞ。」
「え?そうなの?あ、本当だ。ザラザラしているけれど、針っぽくはないね。むしろ柔らかそうだよ。」
どうやら、他の人が触っても刺さったりしないようだ。アヤが触って平気なら、安全と言えるだろう。
「ところで、二人は良さげな服は見つかったのか?」
「うん。いくつか買っちゃった。街の人が着ているのに似た感じの服もいっぱいあったよ。あと、縫製用の布も買えたんだ。」
「アヤさんって、縫製はできるんだっけ?いっぱい買っていたけれど…」
「縫製はこれから練習なんだ。でも、参考になる服は手元に置いておきたいんだよね。」
「ふ~ん。それとユーさん、お肉食べたよね?匂いしてるよ?」
「串焼きの店があってな。美味かったぞ。これな。」
「あ、美味しそうだね。でも、いいの?」
「12本買って、俺、ブレイオ、ラフィで2本ずつ食べたからな。これはそっちで分けてくれ。メイレンが食べるのかは知らないけれど。」
買い物は無事にできたようだ。
そして、さっき買った串焼きの残りをアヤ、メイレン、リーネさんに与えた。
「良いお肉だね。味付けも優秀。」
「メイレン、美味しい?」
「うん。お肉、新鮮、美味しい。」
「よかった。私も美味しいよ。ユーさん、後でお店教えてよ。また食べたくなっちゃった。」
串焼きを食べたアヤたちの感想は上の通りだった。